月詠み 日々 細胞分裂

- 泡沫の妄想を放ちます -

「解体屋のたしなみ」


これは何も、過疎化が進んだ地方の話だけではない。
住人が居なくなり、取り残された空き家がこの国では増えている。
都会の片隅でも注意して歩けば、老朽化したまま放置された民家やビルは案外すぐ見つかるものだ。
俺は、そんな主を失った建物を解体する会社で働いている。
職場環境は屋外ということもあって夏場冬場は過酷だ。
現場作業員としての仕事を唐突に辞めたくなったことはこれまでに何度もあった。
が、朝目覚めてとりあえず昼までは会社に行こうと体を起こせば、なぜか夕暮れ時までは勝手に手足が動いてしまうのだった。
何だかんだで続けられるということは、現状では適性があるということなのかもしれない。
 
十五歳で親元を離れてからずっと一人暮らしだった。
学校には中途半端に通い、ぱっとしない成績を修め、何事も面倒くさそうに生きる私に対して両親や担任の教師は何をどのように失望したとは具体的には言い表せはしないが、俺としては諦めの視線を感じていた。
怠惰な感じになるまでは野球少年で活発な子どもだったと思うが、肘を痛めて野球をやめてから俺はなんだか色々なことがどうでもよくなってしまったのだった。
仲間から距離を置き、心配して手を差し伸べてくれた大人を無視し、俺は一人になった。
けれど、中学を卒業した後に就職すると周りに告げた時は真剣に問い質された。
俺が自分の将来についての想いを語ったのは、その時が初めてだった。
俺の家は裕福ではなかったために進学といっても高校止まりだと感じていたし、山奥の過疎地には選ぶだけの仕事もない。
全校生徒が三学年で五十人に満たない教室で未来など語れなかった。
だから、遅かれ早かれこの里を捨てなければならない、と親や教師に告げると寂しそうな顔をして賛同してくれたのだった。
 
都市部での内装工事の仕事を自分で見つけると、春を待たずに家を出た。
しかし、働き出してからも隠しようのない覇気のなさは相変わらずで、そこから一年間ほどは家賃や食費などの生活費を親の世話になってしまった。
最初の仕事をひと月で辞めてしまったからだ。
それからは深夜のアルバイトや住み込みでの期間工、なんでも屋と仕事をころころと変えた。
職を変えるたびに住まいも転々として各地をまわったが、今の解体屋の仕事に二十歳を超えた頃に就いてからは両親を安心させられるくらいには安定した生活が送れている。
実家には休みの中で帰省することは何度かあったが、俺が家を出てからたった数年で生まれ育った土地は一気に限界集落に陥ってしまった。
両親が近郊の地方都市に住まいを移してからは里に帰る理由がなくなり、ここ何年もあの土地には足を踏み入れていなかった。
記憶の中に残る、故郷の風景。
その土地を離れてみて解るということもある。
ただ、二度と訪れることはないだろう、そう思っていた。

 ー ー ー ー

「〇県〇〇市〇〇町、放置区域再生のモデリングにも」
 
会社の待合室に、いつも畳まれたままの某新聞がある。
普段は誰も開きもしない新聞だが紙面に懐かしい文字が載っているのが目に入り、俺は思わず小さく声をあげて手に取る。
自分の生まれ育った里。その土地が記事にされている。
民間企業と行政側の共同の試みで広範囲な更地を求めているという小見出しだった。
読めば、全国的にも珍しい多種類の生薬が栽培可能な地域で、大々的にその地域全体を生産地に変えてしまいたいという考えらしい。
その記事を目にしてからというもの、里のことが気になって仕方がなかった。
記憶に残っていた映像がこの世界から消えていく。
これまでどうでもよかったはずの世界の片隅を、今更大切にとっておきたいなどという想いが内から湧いてくるなどとは思いもしなかった。

 ー ー ー ー

「朝から腹の調子が悪くて、ちょっとトイレにいきます」
 
「紙は持って入れよ。今日は一人休んでるから、お前も抜けると誰も持っていってやれないからな」
 
紙はありますからと、深海の水圧でも壊れない現場使用の携帯を上司に向かって掲げながら持ち場を離れる。
ここまでくれば録画映像には映り込まない。
俺の会社では現場の映像を事後記録として残している。
だから、私情で持ち場を離れる時は皆が適当なことを言って建屋の前から姿を消す。
あらかじめ連絡先は調べてはいたが、行動にはなかなか移せなかった。
やっと今頃になって里の市役所に通話をする。
数カ月前に見かけた新聞記事の話をして、解体の仕事は近隣地域の会社から募集しているのかと聞けば、既に入札で仕事を取った専門業者に頼んでいるという。
その会社の名を問えば、自分の会社だった。
上司に願い出て、それから事業開始の3か月後に区域解体事業に配属してもらうことが叶った。
何もない山奥に飛ばされたがるなんて物好きだな、本当に何もないらしいぞ、と上司に言われたが仕事に飽きてきたんですと自然と口から言葉が零れると俺も行こうかなという呟きが聞こえた。

 ー ー ー ー

「(株)解体屋」
その仕事流れを簡単に説明すると、取り壊すターゲットとなった建物の周りを「箱庭」と呼ばれる特殊な建屋で囲んで、あらゆる角度から衝撃波を加えるところから始まる。
はじめはちょろちょろ、中ぱっぱという具合に衝撃波には過程がある。
囲いの中では、衝撃の度に建造物が分解されていく。
外装が剥がれ、外壁が崩れ、鉄筋が分断され木材が土壁がパラパラと舞う。
粉塵になった部材は、専用の吸引ポケットで再利用される素材として分別されながら袋に回収されていく。
俺は防護服を身にまとい、ゴーグルにマスクにヘルメットをかぶってというむさ苦しい格好をしながら、工程通りにボタンをポチポチと押して操作し、溜まっていく袋を延々とリフトで掬い上げてはトラックに運び続ける。
一戸建ての建物ならば五人一組となり、建屋の組み立てから作業、建屋の撤去までを半日仕事で更地にすることができる。
建屋を解体した後にその土地に残るものは何もない。
これといって特別な想いを抱くこともなく、この仕事を淡々とこなしてきた。
でも、自分が生まれ育った地域の家々を建屋で囲ってバラバラにしていくことは、それまでとは全然違うものだった。
思い出がバラバラに分解されていく。
記憶の中の風景が失われていく。
小さな田舎は二週間もすれば半分以上が更地になってしまった。

そんな中、不審な出来事が起きた。
分解できないものが出てきたのだった。
ベテラン技術者に聞くと、稀に分解されずに残るものがあるという話だった。
 
「物にはよ。稀にだが魂が宿るからよ」
 
そうベテランが口にした瞬間にぽかんと口を開けそうになったが、そういえばと自分にも心当たりがあるのでその言葉を笑えなかった。
いつもは口の悪い厳ついベテランが、少しはにかみながらその言葉を俺に告げたものだからそのギャップには反応しかけたが。
 
「解体していくと最終的には細かな素材に分解される。素材ってのは加工される前の裸の状態だ。だから、例えば鉄製の柵を分解していくと鉄粉には成るが、アルミには変化しない。当たり前の話だがな」
 
はい、と一言返事だけで次の言葉を促す。
 
「ところが、そこに特別なものが込められることが稀にある」
 
「その、魂ってやつ、ですか?」
 
「…そうよ」
 
「以前、分解できないものがあったんです。どう見ても木製なのに、木製分解ボタンで崩せなかったんです。よくよくその木を見てみると、数字と名前が書いてあって、ふと思ったのが子供の成長を記録した柱の一部分だったんじゃないかと」
 
「魂だな。入っちまってたんだよ」
 
物には本当に魂が宿るのだろうか。
正直、それは俺には解らない。
でも、実際に崩せないものっていうのが確かにある。
それを俺の会社では「たしなみ」と呼んでいた。
ベテランの話によるとこの村の家屋は古いものが多く、写真、手紙、服、小道具、お皿など既に崩せない「たしなみ」がいくつか出てきているのだという。
誰にでも、一つくらい思い入れのある品が生きていたらあるだろう、と俺を見上げながら語るその顔はどこか優しさに溢れていた。
 
建屋を解体した後、更地の点検を他人に任せていたが、いざ名乗り出てみると確かに乾いた土の上に転がっているものがあった。
小さな麻袋が落ちていて、絞りを緩めて中を覗くと小分けされた種が入っていた。
走り書きのメモ用紙も一緒に入っていて、どうやら品種改良中の作物の種のようだった。
 
「きっとそういう思い入れのある品が残ってしまうんじゃないか。お前もそういうものと立ち会うのが好きなんだろ?」
 
ベテランとの会話の続きが頭に流れてきた。
そうかもしれません、と急に素っ気なくなってしまった俺は迷っている。
いや。
この村はどうせならばと、自分の手で終わらせたかったんだ。
そして、願わくばあまり何も残っていてほしくはない。
 
仕事終わりの夕暮れ時、一件の更地で寝そべっている作業員が居た。
作業服の色からして現地調達され、期間工として加わった一員だろう。
近寄ってみて、顔を見てから驚いた。
思わぬ再開。
小中学校の同級生だった。
 
「久しぶりだな、エース。驚いた顔をしてんのな、今頃俺に気付いたのか?」
 
彼とはリトルリーグの野球で縁があった。
俺がピッチャーで、このホームベース上で崩れ落ちたような男がキャッチャーだった。
期間募集の作業員の中には地元住民もいて、この彼の様に何もなくなった生家を前に涙ぐんだりしていたものがいた。
俺は彼らを直視できなかった。
 
この山間部は山に囲まれている為に日照時間が短い。
日が傾き始めたと思ったら、あっという間に夜がやってくる。
薄暗い中、山の上の方を見上げてみると一軒の家も残っていない。
 
「地元をさっさと出ていったと聞いていたけど、形はどうであれ戻ってきたんだな。この里のことが気になっていたんだろ?」
 
敗戦のショックから立ち直ったのか、彼はゆっくりと立ち上がった。
お前とは小学生の時リトルリーグの県大会で優勝したのがいい思い出だよな、こんな田舎のチームだったのに、と言いながら近くに止まっていた軽トラックに乗り込んだ。
宿場まで送ってやるから、と手招きに吸い寄せられ、隣に座らせてもらった。
彼はここから少し離れた所で兼業農家として生活しているそうだが、ゆくゆくはこの土地に入ってくる予定の生薬会社の事業に加わりたいんだと言った。
この里の問題について熱く語ったかと思えば、急に昔のリトルリーグの話をしてきたり。
現代や過去を行ったり来たり、一方的に語る彼の言葉が何だか心地よくて、眠気に襲われてきた。
 
「そういえば明日からは村の中腹、麓の方にあるお前の家のあたりももう直ぐだな」
 
俺は彼の話を遮り、なにか更地に残っていたか、とキャッチャーにサインを煽る。
ああ、という返事の後、鼻をすすりながら何度も彼は頷いた。
 
 
 ー ー ー ー
 

数日後、村の中腹から順調に降りて来て、残るは俺の生まれ育った家の周辺だけとなった。
まさか自分がこの家を手に掛けるなんて、不思議な巡り合わせだ。
墓ごと場所を移った抜け殻の寺院、夕暮れ時まで遊んだ小さな小学校の校舎、誰も集まることのなくなった集会場。
記憶の舞台になっていた建物を崩していく中で、俺の中に寂しさや悲しさが散り積もっていた。
建屋にすっぽり囲まれた自分の生まれ育った家の中で、解体前の目視確認作業に入る。
引っ越しをしたときに全部持ち運んだとは聞いていたが、すっかりきれいに何も残っていなかった。
でも、空間に佇んでいるとどこに何が置かれていて、という家具の配置はすぐに蘇ってきた。
そこで生活していた亡き祖父母や、若かりし両親の姿や声までが浮かんでくる。
喉の奥が、少しだけ焼けるようにして痛い。
それでもいつも通りに努めて、ボタンを順序良く押していく。
解体中の建屋の中の様子は伺い知ることは出来ない。
防音壁が完璧なおかげで外では機械の稼働音しか耳に届かない。
何も残らないでほしい。
素直にそう思った。
これ以上、俺の心を苦しくしないでくれ。
近くに居合わせた作業服を着たキャッチャーと目が合った。
ばか野郎だなと、俺は呟く。
彼のゴーグルの中の瞳は真っ赤に染まっている。
きっと、俺もだ。
 

 ー ー ー ー
 
 
その日で山の頂から麓まで、解体予定の建物全てを崩すことができた。
建屋を撤去する時、俺は実家の傍に近寄れず、違う場所を手伝っていた。
それでも事情を知った仕事仲間の言葉に促される形で、暗くなった頃に一人、車で向かった。
懐中電灯を照らすと、何もないはずの更地に小さな影が浮かび上がった。
それは県大会で優勝したときの記念ボールだった。
でも、これは俺が持っていたものではない。
俺は大会の後に肘を痛めて野球を諦めた。
その時にボールはグラブと一緒に燃やしてしまったからだ。
手に取り、寄せ書きの文字をじっくりと見れば決勝ホームランと書かれている。
ばか野郎が決勝戦で打った時のものだ。
わざわざ、更地のど真ん中に構えて置いておくのがあいつらしい。
今夜が過ぎればまた都内に戻らなければならないが、しかし時間はまだある。
打ち上げの行われる宿場に戻ろう。
ばか野郎もきっとそこに居るだろう。

ボールを作業着のポケットに捻じ込む。
一切の灯りが失われた影山をゆっくりと見渡した後に深く一礼し、振り返ることなく車に乗り込んだ。
 

 ー ー ー ー

…という妄想話でした。