休日の朝は、なぜに目覚めた瞬間に休みだと理解できるのだろう。しかし軽い頭痛がする。これくらいの量ならばアルコール依存症ではあるまい、しかし飲みすぎたなと思いながら、大して省みることもなく散らかった空き缶を跨いでカーテンを開けてみれば外は雨…
他人の生き方を肯定するということは、自分のいまの生き方を否定することにならないか、という一文を、読みかけの本の中にみつけたあたし。他人に当たる人物とは。職場の人間がピラミッド型に描かれた人物相関図を脳内に広げて、その中からその他人に適合す…
「ひさしぶりだね」小さな山の中腹にある、誰も居ない、誰が管理しているのかも知れない。そんな教会の前にある朽ちたベンチに腰をかけて。暮れていく街並みを眺めていたら背後からそんな声が聞こえた。「また、さがしもの?」淡々と話しかけてくるその声に…
自然界に属する人間にも、摂理というものがあり、それぞれ予め、定められたものがある、また、そのなかでも下限と上限があることを、人は日々を送る中で、それをなんとなくであっても、また、それがどうしても納得したくない事柄であったとしても、心の奥底…
ピヨピヨという鳴き声が、暗闇の先にある扇風機の土台部分から聞こえてくる。肌寒いこの季節、そのけったいな扇風機を回すことには一つの理由があった。預かった洗濯物を、この一晩の間に急いで乾かさなければならないのだ。そして、その他人の洋服を明日の…
二日ぶりにまわってきた、当番の朝。相変わらず雨は止まず、風も時折り激しく吹き荒ぶ。身に着けていた雨着は、家を出てすぐに水浸しになった。この村の先にある崖を挟んだ、対岸の隣村が見渡せる高台へ、今日も向かう。軋む階段を一段一段、踏みしめながら…
治験に参加してみないか、とその研究所に所属する元彼に誘われ、話を聞くだけよ、というつもりがこうなってしまった。非公開で募集をかけられない案件だから調べても出てこないよ、とその彼は口にするが、たぶん彼の研究施設自体が非公開だろうという想像は…
私ごとだが、その、夢というものを見たことがない。皆と同じように一日の終わりとしてベッドに横たわり眠りに入る。そこまでは同じだと思う。ただ、その眠りから先が大きく逸脱していく。次の瞬間、眼前に広がるのは真っ白い世界。なぜか私は現実世界で眠り…
光に群がる、小さな羽虫。そいつらがうらやましかった。理性もなく、ただ本能に導かれるようにして生きる。名も知れぬただの虫。今は成れるものならば何でも、とそう思った。 意識を取り戻してから、少なくとも数時間は身動きが取れずにここに居る。周囲は静…
眠りにつくと白い空間に誘われる男の話シリーズ。 今回の舞台は白い灰の降り積もる世界。
目が覚めると、左手が自分のものとは違っていた。手首から指先にかけてが歪であり、人間のそれとは明らかに形が違う。血色の悪い、鱗うろこのようなものがびっしりと生え、それはごつごつとした灰色の手だった。そして、確かに左手の人差し指、中指、薬指の…
身を打つ強い衝撃が。それと共に唐突な眠気に襲われ、抗うことなく瞼を閉じた。そして、朝が来たから、という当然の流れのようにして私は目覚め体を起こした。という、そんな感じだったが、瞬時に違和感を感じた。どうしてこんな硬いアスファルトの上に寝そ…
預金通帳を開いたまま、ATMのすぐ横で立ちつくす。貧弱な残高を見つめていた。当然のことながら一円も入金はされていない。この惰性な生活も2年目に突入した。今となれば、感情に任せて唐突に仕事を辞めたことを後悔している。未だに振り込まれることのない…
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店を出ると、寒空には月が浮かんでいた。ちょっとだけ、洋服のバーゲンを覗いてみるつもりが、もうこんな時間に。彼氏を誘ったが、どうやら荷物持ちになることをやっと学習したようで連れ出せなかった。次に誘う時には、もう少し良さげな餌を撒く必要があり…
母は産まれて間もない私を抱いて、こう言ったそうだ。 「この子は世界地図と一緒に産まれてきたんねぇ」 生まれながらにして背中が痣だらけであった。母の言葉の通り、地図でも描かれているかのようにして、生まれ持った灰色の痣が背中を巡っていた。それに…
まだ明け方で部屋は薄暗かった。うつ伏せで寝ていたからだろうか。顔の下に敷いていた左腕に、よだれが滴っていてみっともないなと感じる。もう片方の右腕はというと、何かを掴もうとするかのように前方へ伸びている。でもその先には見慣れない壁があるだけ…
解体屋にも崩せないものがある。 それを俺の業界では「たしなみ」と呼んでいる。
狭い飛空艇の操縦席。唸るエンジン音に耳が慣れてくると震える鼓膜の更に奥、私の脳は静けさを感じ始めていた。同僚には仕事終わりに一息つく趣味のようなものだと告げているが、本音としてはそんなものではない。雲を突き抜け、高度が安定してしばらくする…
そんなことがあるものかと、疑われて当然だとは思うが。喧嘩をしてから実に4年間、私たち夫婦はずっと口をきかなかった。子どもがいない、二人きりの家庭生活を振り返ってみて何があったか。はじめは笑いの絶えない夫婦だったのにな、とそんな思いに耽りな…
医者の言う通り、ものわすれが激しくなっていることをいよいよ認めざるを得ないのだろう。悪い足を引きずりながら居間に立ち竦んで、いったい何のために動いたのかを思い出そうとするのだが答えが見当たらない。昨晩、娘との通話で何を言われたか。それがヒ…
「担当の編集者から度々打診されてはいましたが、これまでに自分のことを語ることはありませんでした。そんな私が自分語りするのはどうも不慣れでむつかしく感じるので、小さな頃からのエピソードなどを順に思い返して語ろうと思いますがよろしいでしょうか…
「あ、夫が来ます」 「ではまた、商品についてご不明な点がございましたら24時間、いつでも…」 夫が寝室に向かってくる気配を感じたので、担当の相手が最後まで話す前に通話をきる。疚しい気持ちなどない、といえば噓になる。名残惜しい。もっと会話をして…
生き辛さから逃れようとした結果、曜日ごとの人格が7つ形成された。 しかし、それでも問題は解決しなかった。月曜日の「俺」は決心をする。 時は遡れないが未来は変えられる。 月曜日は火曜日、水曜日となきものにして徐々に日曜日を手繰り寄せることにした。…
眠りにつくと白い空間へと誘われる男の話シリーズ。今日の舞台は霊山。
培養された食物が食されることがさほど珍しくなくなった世界の話
寝付けない、ながい夜。カーテンを開いたまま、硝子窓の外を。霞んだ雲に潜っては顔を出す、少し欠けた月を。ベッドに横になったまま、長い時間、目で追っていた。月明かりの下で洗濯物がやわらかに風に揺られている。洗濯物を夜に干すのは、きっと、亡き母…
病室のベッドの上で、今日もめざめてしまった。細やかな雨粒がガラス窓を叩いているのがわかる。 一か月前に交通事故にあって、私の身体はバラバラに壊れた。事故にあったことで記憶の方も定かではない。後に聞いた話だと、私は急に路上に躍り出て立ち止まっ…
自転車のブレーキ音が聞こえてきた。時計を見上げると午後三時を過ぎたところだった。揺れる影が一瞬、窓の外から作業場へ入り込んだ。宅配ポストがコトンと音を立てる。少し休憩を挟むことに決め、随分前から空になっていたコーヒーカップを手にすると、ゆ…
実はこれまで一度も働いたことがない。このままだと近い将来にたいへん困る事態に陥るのではないか、という不安に苛まれたのが幼少の頃で、確か7歳くらいだったと思う。ませた子であった。ひと月も通えなかった小学校、そこから引きこもり続けた日々。3つ…