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月詠み 日々 細胞分裂

- 泡沫の妄想を放ちます -

「真相は穴の中」第五話

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ー ー ー ー

光は遥か上空に。
まん丸い月が浮かんでいるかのようにして、その入り口は遠く小さく見える。
頭を強く打ち、声にならない痛みに耐えた先に得た、決して手の届かない絶望の光だった。
時折り雫の落ちる音が響くが、それ以外はわたしの呼吸音が荒々しく耳に残るだけだ。
しかし、なぜだろう。
じっとわたしを見張る何者かの視線を感じる。
革袋をつかまれ、引っ張られた感覚は決して気のせいではない。
梯子が切れて落ちる瞬間、微かに暗闇の向こうから何者かの息を感じた。
腑に落ちないことは、向こうからはこちらが見えているのだろうということだ。
どのように目を凝らしても、暗闇の中には何も見えない。
こんな場所で、どうやって生きているというのだ。
霊山の穴の中で、人知れず何かが生きているという事実に恐れ戦いた。

 

静かに上体を起こしたが、頭を強く打った以外には特に痛みは感じない。
手元には肩紐の切れた革袋があった。
背負っていた革袋が、落下したときの衝撃をいくらか和らげたのだろう。
袋を開け、手探りで目的の道具を手繰り寄せる。
遠出の時にいつも持ち歩く常備品の中には、様々な道具が入っている。
その中から目的の一つを探し当てた。
少々迷ったが、思い切って灯をつけた。
わたしが落下してからも十分に隙はあったはずだが、何もしてこないことを考えるとしばらくは害が及ばないと都合よく判断した。
辺りが明るくなることに安堵はしたが、そこから先に広がる闇の深さを図ることは叶わなかった。 

 

灯りを保つために、燃やせるものはすべて燃やした。
革袋に入れていたモノの多くは短時間で灰になった。
今、わずかな炎を見せるのは、わたしと共に落ちた梯子の縄と足場の木だ。
上を見上げれば、光が弱くなっていた。
外の世界で夜が訪れたのだろう。
相変わらず気味の悪い視線が傍にあるような気がしてならない。
自由に身動きが取れないまま、小さくなっていく火を見つめていることしかできなかった。
すると突然、わたしの後ろで何かが砕け散る音が鳴った。
何やら転がっているのがぼんやりとだがわかる。
それらを拾ってみて驚いた。
食べ物だった。
上から落とされた食べ物が原型を残さずに、ばら撒かれたように散乱している。
わたしは背中を丸めて掻き集めては、一心にそれらを口にしていた。

 

何者かの意図を感じる。
わたしを監視する者と、わたしを幇助(ほうじょ)する者だ。

 

 

食べ物のほかに、布切れが数枚落ちていた。
そのうちの一枚を小刀で切り分け、灯に変えることにした。
辺りを捜索してみるといくつか分かったことがある。
わたしが倒れていた場所は穴の真ん中あたりで、一方に向かって歩けばしっかりと壁が現れた。
そして、どうやら穴はきれいな空洞にはなってはいないようだ。
上を見上げて歩いてみれば、微かな入り口の光が見えたり消えたりする。
これは周囲の壁に突き出た部分があって、それがわたしの立ち位置に合わさることで入り口を隠すからだろう。
きっと得体の知れない者はその壁の出っ張りのどこかからわたしを狙い襲ったのだ。
湿り気が溜まった先には水たまりがあり、微かな水の動きがあった。壁の隙間に吸い寄せられているようで、どこかその奥へと流れ込む場所でもあるのだろうか。
その脇には木で作られたお椀が転がっていた。
この付近には誰かが生きていた形跡がしっかりと残っている。
鋭利な刃物で削られたような細かな木片が積もっていたり、穴を利用して作られた棚があれば、そには縄が綺麗に束ねられていた。他にも衣服が入っていたり、ハサミなどの小道具が集められた箇所もあった。しかし、どれもこれもが朽ちている。
やがて見えた大きな穴には、散らばってはいるが骸が横たわっていた。
その静かな佇まいは、これからわたしの身に起こることを想像させるには十分だった。


・ ・ ・ ・



久しぶりに見る火は、住処を奪われ荒らされていくようで落ち着いて見ていられなかったが、ぼんやりと照らし出された周囲の陰は懐かしい記憶を思い起こさせた。
そういえば小さい頃は、たき火の前で母から穴の外に広がる世界の話をよく聞いた。

 

一定の歳を与えられていない未熟な者が子をつくる、また産むことは許されない。
その掟を破るという罪を母は犯したのだと聞いた。
身重のからだで穴に下った娘は、穴の中で母になった。
子をおろせば穴に入ることはなかったそうだが、なぜかそれを拒んだ。そのことを尋ねると、それだけは言葉にして教えてはもらえなかった。
母はかわりに頭をそっと撫でるのだった。
そんな母は何者かに守られていた。
生きるために必要なものが、定期的に空から降って来た。
母は何も言わなかったが、きっと父親の仕業なのだろうと思った。
その母がある時、病に倒れた。
日に日に弱る母をどうにか助けたい一心で、上に向かって声を上げたが誰も下りては来ない。相変わらず、ただ物が降ってくるだけだった。
そのうちに母は亡くなり、生まれてはじめて孤独と対峙した。

時折り降ってくる食べ物などを独りで待つだけの日々が幾日も過ぎたある日、誤って火を絶やしてしまうと、いよいよ完全な闇の中に取り残されてしまった。
上から覗く小さな光だけが最後の希望となった。
しかし、灯りがなくなった日を境に、上からは何も降ってはこなくなった。

 

 

 

 

ー ー ー ー



…つづきます