月詠み 日々 細胞分裂

- 泡沫の妄想を あなたへ -

「真相は穴の中」第六話

これまでのあらすじ

 この村では行いが認められると村長に呼び出され「歳」が与えられる。逆に過ちを犯せば「減歳会議」が開かれ歳を取り下げられてしまう。もしも歳が「零」になった場合には、村を見下ろす霊山の頂上にある、底の知れない深い穴へ葬られるという習わしがある。

 ある日、争いが絶えなかった他民族に村の娘達が連れ去られた。村一番の暴れ者だった男は独りで娘達を連れ戻した。男はその行いが認められ、村一番の歳を得て村長になった。それからは人が変わったようにして、村の為に尽力する村長だったが、ある日その村長が「減歳会議」にかけられた。若き村長に憧れを抱いていた少年はその理由が気になり寝付けず、その晩に村長の元へ近づく。
 少年は村長に誘われ霊山の山頂へ向かうことになった。その最中、村長は他民族との争いを振り返り、
語り出した。
あの日、歳を失い処罰の為に霊山の穴へ下りて死んだはずの幼なじみを、他民族との争いの中で目にしたという。

死んだはずの男に想いを寄せていた一人の娘。
霊山の穴の中で生まれ育ったという正体不明の男。
その二人の幇助(ほうじょ)と監視の狭間で、歳を失った男は穴の中で生かされていた…。


つづきです…


ー ー ー ー



お前からすれば退屈な日々を繰り返していたのかもしれない。
生きるために穴の中でするべきことは多々あれど、代わり映えのない日々ではあった。
そんな繰り返しの毎日の中、お前が現れた。
今日はやけに上から小石がパラパラと降ってくるものだと不思議に思い見上げていると、お前が上から降りてくるのが見えた。
一歩一歩降りてくる足取りは不安げなものだった。
頭と体が一致していないのは迷いに捕らわれていたからだろう。
所々、梯子の縄が壁から突き出た湿った岩に触れているのに、お前はそれに気付いていないようだった。
不用意に触れれば手を切るような鋭さの箇所もある。
頬杖をついて気長に待ち構えていると、やがて目の前までお前が来た。
その時、上空の方で岩に縄がよじれているのが見えた。
不意に背負い袋を掴んで、縄を岩から離そうとしたが間に合わず、途中で切れた梯子ごとお前は底へ落ちていった。
それからは穴の中でお前が辺りを警戒しながら生きている姿が滑稽で仕方がなかった。
目を見開いても何も見えないらしく、微かな灯の前で一日の大半をその場でじっと身構えるようになった。
あぁ、そういえば食べ物が降ってきた時だけその場を離れたな。
あれは誰かに頼んでいるのか?
いくらか拾い残しているのを食ったが、あれは味が深くて旨い食い物だった。
焚き火の前のお前の表情はこの穴のどの場所よりも影に覆われていた。
残された命の時間を静かに焼べて生きているように見えた。



 - - - -



男が目の前にいた。
とはいえ、姿は見えない。火が消えていた。

「悪いが灯りを消させてもらった。久しぶりに目の当たりにする火は眩しすぎた。…それに、この姿を見せることは出来ない」

寒さで震える体に投げかけられた声は小さく、どこか話し方がぎこちなく感じられたが、はっきりと周囲に響き渡った。
さすがに何日も寝ないで警戒するわけにはいかず、いつの間にか横になっていたようだ。
丸まった姿勢のまま身動き取れずにいると、またその声がやってくる。

「…別に、捕って喰ったりしねぇょ…今は」

微かに笑っているのが伝わってくる。何から聞けばいいのか。
知りたいこと、知らないことがあまりに多すぎる。整理できない状況で、わたしがとった手段は思ったことをただ呟くことだった。
こちらから少しでも何かを発することで、得体の知れない者との距離をはかりたかった。

「何者だ…なぜこんな場所で生きている…色々な道具が揃えてあった…どうやって…いつからここで生きている…目が見えるのか…こんな暗闇の中で……なぜ、わたしの言葉に何も答えない?」

また、小さく押し殺したような微かな笑い声が聞こえる。
先ほど聞こえた方向とは違う角度からだった。
嬉しいのだ、と男は言った。
それに対して、わたしが何も答えずにいると男がぽつりぽつり、ゆっくりと語り出した。
男は、ここ以外の世界を知らないといった。
この穴のなかで産声を上げ、それからずっとここで生きていると言った。


そこからは少しずつ言葉を交わすことが増え、お互いに知らない世界を語る内に、いつしか常に傍で行動するようにまでなっていた。
飯を食う時も寝る時も、まるでわたしから伸びる影のようにして隣り合った。
穴の中での時間は、ただひたすら生きるために何ができるかを考え、そして動くことだった。
飲み水、食べ物は穴の中にもそれなりにあった。
男は地を這う小動物を軽く捌き水洗いして口にしたかと思えば、羽のある小動物の体液を吸ったりと手短に食事を終えていたが、わたしは必ず火を通してから食べた。
そして変わらず、夜になれば上から食べ物が落ちてきたが、男はもう食べようとしなかった。旨かったとは言うが、どうも体が受け付けないようであった。
寝る前には二人で焚き火に当たった。男は始めは火に近づかなかったがそのうち暑がることもなく眩しいとも言わなくなった。
お互いの幼い頃からの境遇に似たものを感じ、心を通わせている実感はあったが、男はどんな時でも決して自分の姿を見せようとしなかった。
薄明りの中では全身を覆う布に体を包ませ、顔は疎か、手足の先さえもわたしから見えないようにしていた。
何が秘められているのかはわからなかったが、そこには触れないことにした。
今の距離感を心地よいとさえ感じ始めていた。

そんなある日、岩の壁を伝い上り、焚き木にするための木の根を刈っていた時だ。
男がわたしに突然これまでとは違う話を持ち出した。

「なぁ…お前、外に出たいか?」

小動物の油で作った小さな松明を岩の隙間に挟んでいるだけの薄明りの中、声の出所を探ったがやはり何も見えなかった。



ー ー ー ー



耳元で男のしゃがれ声が響いた。

「おい!この娘も連れていけ!」

あたりはまだ暗い、夜明け前だった。
霊山の穴に向かって食べ物を放り投げた、その帰りだった。
いつもとかわらず、まだ静けさの残る中で家路についた。
ところが村に入る前に突然何者かに後ろから襲われた。
頭に袋をかぶせられ、激しく揺れる乗り物に乗せられた。
はじめは息苦しささえ感じたものの、すぐに慣れた。
落ち着いてきた頭で思ったことは、霊山の穴のことだった。
彼が眠っているだろう霊山の穴。
そこに何かを落とすことで、あたしは生前伝えることのできなかった思いをそのまま保っていられるような気がした。
しかし、それもどうやら今日で終わったらしい。
思いを馳せた先は、底知れぬ暗闇の中。
大切な気持ちをずっと抱えていたいという気持ちは可笑しなことなのだろうか。
忘れたくない気持ちを、あたしはなんで意識してまで保とうとしているのだろう。



ー ー ー ー



…つづきます