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( >д<);'.・月詠み 日々 細胞分裂・∵.

- ネットの深海から 泡沫の言葉を放ちます -

伸るか反るか?乗れよ!

『短編妄想話』


プリを起動してから3分も待たずして、車道の遠くに「あいのりタクシー」が小さく姿を現した。
このタクシーは、乗車地点から目的地までの間に、違う利用希望者が現れた場合、途中でその乗客を拾って相乗りする「同席も可」という条件を呑む必要がある。
赤の他人と同席する気まずさはあれど、その場合には乗客の運賃が割引されるという点が魅力だ。

ところで、自分は普段時にタクシーを使うことが滅多にない。
ただ、珍しく今日に限っては利用する予定で家を出た。
会社の飲み会に参加しなければならないからだ。
お酒を勧められることもあったが、いつも通りに「あいのりタクシー」を利用するかもしれないからと一言告げて断ると、そのまま会が終わるまでアルコールを口にせずに済んだ。
自動運転車が蔓延る今では、昔あった自動車運転に関する取り決めもマナーも様変わりした。
たとえば今回のように、飲酒をすれば車の運転はもちろん、無人自動車への乗車も罰せられる。車中で泥酔した客が吐いたり、寝てしまった場合に介抱する者がいないためだ。
そういえば、酔っぱらい客絡みで昔話題になったひとつのニュースがある。
当時はまだ飲酒客には無人タクシーの利用制限が行われていなかった。
呂律の回らない客が、支離滅裂なことを無人タクシーに告げたのが事の始まりだ。
その無人タクシーの走行経路が驚くべきものだった。

「日本を一周してくれ、頼む」

と酔っぱらいの客は言ったようで、それを車は本気にして冗談だと受け取らなかったようだ。
男は高速料金と本州を半分走行したタクシー料金を後部座席から目にして、ようやく酔いが醒めたという不幸な話だった。


有人の送迎車を頼めばいいからと会社仲間から説得させられても、それには今日も応じない。
付きあいの悪い奴、と陰で言われようが構うことは無い。
お酒は一人で飲むのが旨くていいからなんて言うと、それこそ問題が起きそうだからやめておいた。
まぁ、いろいろあって、最近はお酒を飲むどころか食欲もあまりないんだ。


ー ー ー ー


って来た6人乗りの「あいのりタクシー」には1人だけ乗車していた。
ドアが開いた瞬間、その女性と目が合って戸惑った。

「乗車されませんか?」

姿の見えない、ガイドの音声が二人の間に響く。

「…はい」

顔を下げたままドアを閉めた。
1人で乗っていた女性のお腹は大きくなっていた。
自動運転するタクシーを見送ると、しばらく道端に経ちつくした。
なにやら考え事をしたが、循環レンタカーが目に入ったので静かに呼び止めた。
免許証という名の乗車許可証を認証口に挿入する。
運転講習は受けたが、一度もマニュアル運転をしたことがない。

「目的地を指定してください」

と音声ガイドに言われたので、どう言えば伝わるのかと迷ったが、その迷いのままに呟くことにした。

「○○病院方向に向かったと思うんだけど…この道を先ほど通り過ぎたタクシーを追いかけてくれないか。運転は自動運転に任せる」

意味を認識してくれたのか、車は加速を始めた。


細な喧嘩が積み重なり、距離を置くことになってから、もう5カ月が過ぎていた。
お互いが連絡を取ってみるものの、不在着信が行き交ってを何度か繰り返した後、どちらともなく音信不通になってしまった。
どう考えても消化不良な彼女との別れだった。
自分側にその別れの原因があるとするのならば、きっと先程のタクシーで目にした彼女の光景を直視できずにたじろいだりする部分にあるのだろう。
彼女の指には、私がプレゼントしてからずっと身に着けてくれていた指輪が光っていた。

「まだ間に合うよな?」

何気なくつぶやいた言葉に、車が答えた。

「はい。あせらずそのままシートベルトをご着用の上、到着まで今しばらくおまちください」



ー ー ー ー



妄想話でした。