『Village revitalization』 vol. 9「薄暮のリング 」
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「老人」がラジオをつけているのは、わたしへの配慮だった。
「老人」がまだ、わたしのおじいちゃんだった頃に聞いた話を思い出した。
わたしが赤ん坊だった頃。
母が少しでも傍を離れるとわたしは泣きじゃくり、なかなか泣き止まなかった。
しかしある時に偶然気付いたことがあった。
なぜかラジオをつけると、わたしは泣き止むことが多かったらしい。
母はわたしの夜泣きが始まると携帯ラジオを手に取り、わたしを抱えて星空が広がる田舎道を歩いてあやしていたそうだ。
食後、「老人」は部屋にこもってラジオを聞いているわけではなかった。
顔見知りの「依頼遂行人」に言われてから知った。
「お前と一緒に住んでいる爺さん、よっぽど稼いでいるんだろうな。夜な夜な、あの爆破事件があった場所を掘り返してるみたいだぜ。誰の依頼だろうな…もしかして何かすごいものが…」あとは覚えていない。
その日の夜中、家を抜け出してあの現場に向かった。
「父親」がいた。
トンネルが潰れ、歪な形となった小山を掘り返している。
「老人」はわたしのことを孫だとわからなくなっても、娘の「父親」でありつづけていた。
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あらすじ vol.1~8
『Village revitalization』 vol.2 「ど田舎の村に変な会社がやってきた」
『Village revitalization』 vol.3 「村おこしビルダーズ」
『Village revitalization』 vol.4 「HPとMPのあるメガネ」
『Village revitalization』 vol.5 「ブログでビルダーズを紹介してみる」
『Village revitalization』 vol.6 「生まれ育った村から出られない」
『Village revitalization』 vol. 7「母のつくったごはん 」
国の立ち上げた「民間参入型開発特区」に指定されたこの田舎の村で、わたしは不穏な動きを感じている。
この村に参入してきた会社は「(株)きみがいて、ぼくがいる」という動画配信サイトで有名な会社だ。
「村おこしビルダーズ」と称して、ネット事業で村おこしの実現を提唱している。
この会社の収益は、依頼主から発生する。
消費者である「依頼人」は「遂行人」に指示を出して、実在する村の開発をWEBカメラを通してみることが出来るという斬新なスタイルで注目されている。
現在、この村は世界中に溢れる「依頼人」の欲で溺れそうになってきている。
そんな中、「HP」が0の「遂行人」が確認された。
↓ つづきです
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「HP」が0になった「依頼遂行人」が「村おこしビルダーズ」において確認された。
「餓死」したわけでも「過労死」したわけでもない。
そして、実際に亡くなったわけでもない。
「HP」が0とは、依頼を遂行することができないと「メガネ」が判断したHPの数値だ。
わたしが「メガネ」を使用しなかったのはひと月くらいだった。その間に、この「村おこしビルダーズ」において新しい流行が起こっていた。
村の神社にある階段を下りたところに広場がある。
そこに、一つの新しい施設が完成していた。
作りは全国を巡業するサーカス団を思わせるようなテント造りだった。
攻略サイトの情報によるとそこは「闘技場」と呼ばれていた。
日が暮れはじめると、そこに「メガネ」が集まる。
闘技場の中を覗いてみると中央に「リング」があり、観客席も設けてあった。
わたしが「メガネ」を覗いていない間に、信じられない世界がそこには創られていた。
リングでは「メガネ」を覆うようにヘッドギアを着けた「依頼遂行人」同士が殴り合いをしていた。
TVでみるような格闘家の動きとは程遠い。
気怠い、散漫。そんな感じだ。
わたしの目の前で、一人の「依頼遂行人」がまたHP0になった。
血だらけになっている。勝者も鼻から血を流している。
観衆は皆、「メガネ」をかけている「遂行人」だ。
「村おこしビルダーズ」の攻略サイトによると、「メガネ」を通して依頼人がリアルな格闘を体験できる人気の依頼内容だそうだ。
当然、「依頼遂行人」は依頼を選択する自由が与えられている。
それでも、これほど酷い目に合うリスクがありながら手を挙げる遂行人が後を絶たないのは、遂行報酬の額が高いということと、闘いの勝者にはこの施設運営元から十分な食料が与えられるからだ。
村は今、食糧難である。食う為に戦う。そんな世界がここにある。
「依頼人」からすれば、これは一つのゲームでしかない。
自分が依頼した「遂行人」を「剣闘士」として応援する。その「剣闘士」が勝つとこの闘技場で設定されているポイントが与えられる。そのポイントでランキングを争うという「ゲーム」だ。
寂しさを感じた。
この村に暴力を持ち込んだ施設運営者は、モニターの前で自分の思い描いた世界が現実世界で再現されていることにきっと笑いが止まらないだろう。自分の考えた通りに物事が進み、そこに支持者が集まる。
嫌だなと、思う。
わたしは元の生活がいいと思った。
母親がいて、食後にえんぴつを握る「老人」がいる。
そんな少し前の当たり前だった生活はもう戻らない。
急激に変わってしまったわたしの日々。
そして、どうしてしまったのだろう、この村は。
わたしは生まれ育ったこの村を、守りたい。
わたしは「何もない」というこの村での生活がきっと好きだったのだ。
もう、記憶の中でしか保てない光景を思い返すことも、
戻らない幸せを思い返すことも。
わたしが望む生き方はそれほど贅沢ではないはずだ。
思い出にすがって生きるような人が一人くらいいても構わないだろう。
わたしは再び「メガネ」を覗いてみた。
つづきます
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パソコンの寿命がゆっくりと近づいてきています。
Back spaceキーが反応しない時がある。
「倒れる時は後ろ向きよりは、前向きがいいですね」
「え?…あぁ、そうですね。前だと手がつけますし、安全ですね」
「あぁ…でしょうね」
「は?」
「え?」

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