月詠み 日々 細胞分裂

- 泡沫の妄想を あなたへ -

悲しみの淵バランス

「ひさしぶりだね」

小さな山の中腹にある、誰も居ない、誰が管理しているのかも知れない協会の庭にある朽ちたベンチに腰かけて、暮れていく目の前の色々を眺めていたら背後からそんな声が聞こえた。

「また、さがしもの?」

淡々と話しかけてくるその声に対して、返事はいつも通りに返すことはしない。
でも風に吹かれて散り落ちる桜の花びらが夕日を薄く遮り、その色が心の内で揺らいでいた強がりをより曖昧にさせた。
小さな頃から、この地で生まれ育った。
その小さな頃のある日、空襲で街が焼かれて、両親も姉もともだちも、皆が焼かれて、その時、自分は独り取り残されてしまうという過去が、唐突に与えられた。
あの日、この小山に咲く桜の花びらをたくさん集めて、冬に結婚式をあげることになっていた歳の離れた姉へ、冬に生まれたのに桜が好きな姉のことを思って、そのおくりものを思い立ち、深夜に家を抜け出した。
季節を跨いで花びらを保存しておこうと、でもそれが独りこうして小山に入り浸る切欠となってしまった。
あの時からきまって、桜の咲く季節にこの場所を訪れると、きまって姿の見えない声が聞こえてくるのであった。
あれから、何度も桜の季節は訪れた。
空襲があってからは桜の樹も数年間は花を咲かせなかったけれど、それでもこの季節が巡るたびに自分はここに。
年月はあっという間に流れ、もう自分は姉と同じ年齢に迫っていた。
桜の樹は少しずつ、花びらの数を増やした。

「さがしものはみつかった?」

「今日で、あの頃思い描いていた、おくりものに必要な桜の花びらがやっと集まった」

姿のない声に話しかけたのはどれくらいぶりだろうか。

「これで姉の結婚式に、雪の降り積もる季節に生まれたその名を持つ姉に。自分なりのおくりものがしたかったんだけどな」

ぽつりぽつりと、姿のない声に向かって話しかけて、沈黙があって、やっとまた、姿のない声が返ってきた。

「じゃぁ、もう?」

「そうだね」

もう、やり残したことはない。
思い残すことはない。

「ずっと未練がましく居残ってしまって」

夜中に家を抜け出して、薄暗い教会の外灯の下で桜の花びらを拾い集めていたはずなのに、いつの間にか辺りが明るくなり、手のひらは真っ赤に染まっていた。
花びらも後ろにあった協会も、桜の樹も山の木々も、目の前にある全てが、そして、自分が焼かれていた。
あまりに唐突で悲しかったんだと、自分では思う。
こんな存在になっても、桜の花びらをかき集めることを理由にして、皆と一緒に世界を離れなかったのは、そう、怖かったんだ。
皆と同じ時間に死んだはずなのに、独りぼっちで吹き飛んだ悲しさと不安が受け入れられなかったんだ。
でも、もう。
大丈夫なんだ。
雪に負けないほどの花びらを集められた。

「このまま眠ってもいいかな、ここに」

「この季節が、またきたら。きっと、ずっと、あたしはあなたを想う」

「そうか。ありがとう」

「おやすみなさい」

「おやすみ」

BANQUET

BANQUET

  • HARUHI
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes