月詠み 日々 細胞分裂

- 泡沫の妄想を あなたへ -

「瞳の中のアルバム」

 
もう、寒空には傾いた月が浮かんでいる。
久しぶりにバーゲンで洋服を漁ってしまった。
白い息を吐きながら、足早にアパートを目指す。
開店と同時に店になだれ込み、時を忘れて買い物を楽しんでしまった。
彼氏を誘ったが、荷物持ちになることを最近は学習したようで連れ出せなかった。
次に誘う時には、上手な餌を撒く必要がありそうだ。
駅から自宅までの道の間、立ち並ぶ民家からの灯りが途切れた暗闇がある。
家々の脇に、ぽっかりとできた小さな空き地があるのだ。
昔からずっと空き地という場所らしい。
足元が悪く、夏場などは草刈りをしても三日もあれば足を踏み入れられなくなるほど雑草が生い茂る。
今日はそんな普段は立ち入らない近道を選択し、通り抜けることにした。
一日中歩き回った上に寒さからなのか足の感覚がなくなりつつあったから。
すると、その時だった。
突然強い風が上空から吹き付けてきて、片目にゴミが入ってしまった。
異物をなんとかして取り除きたいのに、この買い物帰り、色とりどりの紙袋で両手がふさがっている。
どうしたものかと、とりあえず体を傾けながらも片手に荷物を預ける。
空いた手を使って目頭から目尻に向かって、下瞼を半月を描くようにして指でなぞる。
でも、やっぱりそう簡単にはゴミはとれない。
自宅が近づいてきたので、もう少し我慢することにした。
帰宅したら洗面所の鏡で確認しつつ、すぐに水で洗い流そう。
引きつった片目、ごろごろする片目。
まばたきを極力避けながら、なんとか部屋の前にまでたどり着き鍵を手にした時だった。
あれ。
さっきまでの違和感が消えている。
あたしはこういうとき、目の裏側にこういったゴミが延々と蓄積されていっているんじゃないかと、時折り想像しては不安になるのだった。
 
 ー ー ー ー
 
 
かみさまは、いいました。
瞳の中に「異物」があってはならぬ。
そして、ひとさまの瞳の中の「異物」をとりのぞくのがおまえたちの仕事だよ、と。
でも、きょうはかみさまにおこられました。

「即刻、返却なさい。…なに?言葉の意味がわからない?
 これを、とってきた場所にもどしてきなさい」

ぼくたちは、ひとさまというかみさまがつくった生き物の瞳に入った異物をとりのぞく使命を受け賜りました。
でも、どうやらぼくたちは持ちかえってはいけないモノまで、持ちかえってしまった。
まちがってとりのぞいてしまったようです。
それで、かみさまはおこったのです
ぼくたちの部隊は五人へんせいです。
そのうち、ぼくを含めてけいけんの浅いものが四人というしんじんの多い部隊でした。
ところがちょうどその日はリーダーのおにいちゃんがかぜをひいてやすんでしまっていた日でした。
ぼくたちはいつもリーダーのおにいちゃんにめいわくをかけていたので、なんとかぼくたちだけで一日のしごとをこなそうとがんばったのですが、残念ながらうまくいかなかったようです。
見かねたリーダーのおにいちゃんがぼくたちの前にすがたを現しました。
おにいちゃんのトレードマーク、赤いバンダナを身につけています。
どうやら一晩しっかり休んで、かぜがなおったようです。
おにいちゃんはぼくたちを連れて、もとの場所にもどすさぎょうにとりかかろうとしました。
ぼくたちが誤って持ちかえったモノは『瞳の中のアルバム』というものでした。
ぼくたちのはたらく場所、ひとさまの目の奥には『すぽっと』という部屋があって、そこにアルバムがあります。
ですが、しんじんのぼくたちはそれをはっきりとは知りませんでした。
そのアルバムを仕事中に管理するのがリーダーの役目で、それがどんな形なのかさえ実はあいまいでした。
だから瞳の奥で、ゴミやほこりにまじった一冊のアルバムを目にしてもなんとも思わなかったのでした。
アルバムは痛みはじめていて、背表紙は今にも裂けてしまいそうなものでした。
やっぱり、それはどう見ても、ゴミやほこりと同じなのでした。

 ー ー ー ー

また、ひとさまの元へとぼくたちはやってきました。
このひとさまは年老いたおばあさんです。
アルバムの中を覗いてはいけませんとかみさまから言われていたので、おにいちゃんをはじめ、ぼくたちも決してページをめくりませんでした。
ところが、責任を持って大事にアルバムをかかえていたおにいちゃんが、瞳の入り口をまたいだところでつまづいてしまったのです。
きっとおにいちゃんの身体の調子がばんぜんではなかったからだと思います。
幸い、そのしょうげきではおばあさんは眠りから覚めることはありませんでしたが、ぼくたちはかみさまの言いつけを守れませんでした。
パラパラとページはめくれて、アルバムは開かれたままぼくたちの目の前に落ちたのです。
あわててぼくたちはアルバムを閉じようとしたのですが、おっちょこちょいなしんじん隊員たちです。
一人がひろいあげるどころかアルバムをけとばしアルバムが二つに裂け、わかれた二つのアルバムをぼくともう一人が追っていたのですが見事に二人とも更にけとばしてしまいました。
アルバムは背表紙からくずれて、瞳の中で散らばってしまいました。
散らばった先で、そこからまたたくさんの紙屑が吐き出されて、もうこの部屋はたいへんなじたいです。
その一連の流れを見送ったおにいちゃんはあたまをかかえてうずくまり、めそめそと泣き出しました。
ぼくたちはどうしたらいいのかわからず、誰からということもなく輪になってわんわんと泣いてしまいました。
 
 
「…小さなぼくちゃんたち、大丈夫?」

とつぜん、声が辺りにひびきました。
おどろきました。
『すぽっと』におばあさんの声がこだまします。
でも、おばあさんは起きてはいません。
そういえばかみさまがこんなことを言っていました。
にんげんさまは起きてはいなくても「意識」というものでぼくたちの仕事をながめているのだと。
だから手を抜くことなく、しっかり使命を果たさなければならないのだと。
目が覚めるとそれをにんげんさまは忘れてしまうのですが、おっと、今はその話をするときではないようです。
ともかくおばあさんはぼくたちが騒いだことで、ぼんやりとしていた意識が少し醒めてしまったようです。
ぼくたちは足並みをそろえて『すぽっと』からたいしつしようとそろりそろりと歩みをすすめていたのですが、また声がします。

「ねぇ、ぼくちゃんたち。その散らばったものをみせてくれない?」

おにいちゃんがどことなく上を見上げて話しはじめました。

「ごめんなさい、おばあさん
 ぼくたちはおばあさんのアルバムを壊してしまいました
 それに、ぼくたちはアルバムの中をみてはいけないとかみさまにきつくいわれているのです
 だから、そばにはちかよれません
 だから、ごめんなさい」

おにいちゃんはそういうとうつむいて、またぽたぽたと涙をながしはじめました。

「かみさまにはあたしから伝えておくわ
 だから気を落としんさんな
 元気をだしんさいね
 誰にも失敗はあるもの
 今までも私たちの為にがんばってくれてきたじゃないの
 ほら、そこにあなたの姿があるじゃない?」

かみさまに話してくれるというのはほんとうなのだろうか。
うながされるようにして、そのことばに押され、見てはいけないもののはずなのに。
ぼくたちはアルバムの中におさめられていた「寫眞」というものの一枚を囲んでまじまじとみつめたのでした。
そこにはおにいちゃんのすがたがうつり込んでいました。
今よりも少し幼く見えますが、トレードマークの赤いバンダナがなによりもの証拠です。
おにいちゃんは仕事終わりにスプレーし忘れたようです。
そう、スプレーをまかなければ、ひとさまの記憶に残ってしまうのです。
みんながおにいちゃんを見つめると、おにいちゃんは恥ずかしそうにごめん、と一言いいました。
ぼくたちはおにいちゃんから視線をそらして、それぞれ背負っていたリュックをひらいてスプレーを取り出すと、ほっと一息ついてまた元に戻しました。
よだんですが、ぼくたちはスプレーが大好きです。
指で缶のさきっぽを押すと蒸気がふきでます。
それがおもしろいのです。
しゅーっと部屋中に吹きかけるときは無事に仕事がおわったことを告げます。
おっと、このまえはアルバムを持ちかえってしまって無事に終わってはいなかったようですが。

ー ー ー ー 

それはなんとも不思議なものでした。
散らばった、紙屑だと思っていたものから見たことのないひとさまやどうぶつ、風景や絵などいろいろな場面が浮かび上がってきたのです。

「おばあさんがこれまでに生きてきて、じぶんの目で見て感じた瞬間がここに切り取られて『瞳の中のアルバム』にまとめられているんだ」

おにいさんがぼくたちにせつめいしてくれました。
おにいさんはいぜんにも、このおばあさんの瞳の中に入ったことがあり、仕事終わりにスプレーを忘れたこともあっておばあさんがぼくたちのような存在を覚えていたようです。
あんなに楽しいスプレーのひとときを忘れるなんて、おにいちゃんって変わっているなぁと思いながら「寫眞」をながめます。

「あぁ、こんなこともあったわねぇ
 日付をみると随分と昔のこと
 あたしも歳をとるわね」

ぼくたちはおばあさんの指揮のもとに、アルバムをふっかつさせることになりました。
せいとんしながら、ぼくたちが手にした「寫眞」について一枚一枚、簡単にせつめいしてもらいました。
おばあさんによく似た、おばあさんのおばあさん、おじいさん、おとうさん、おかあさん、若かった頃のともだち、好きになった人、おばあさんの若かった頃に似ているひとりむすめ。
人がいれ違いながら、場所は屋内だったり外だったりと、いろいろな場面が写っていました。
登山、海水浴、学校の教室、お坊さんの背中などよくわからないせつめいがおおかったけど、どれも見たことのないものばかりでぼくたちはスプレーと同じくらいに楽しかった。
おばあさんが言うには「寫眞」のせいとんはめじるしとなる日付というものが印字されているそうですが、残念ながら、ぼくたちはひとさまの使う日付がよくわからないです。

「そっちの方が前の方だね
 これはもっと後の方に
 これはそれとそれの間」

それぞれが身近にある「寫眞」をかかげては、おばあさんの言うとおりに動きました。
おばあさんはなかなか思い通りに動かないぼくたちを叱ることもなく、笑いながら優しくおしえてくれました。

「それにしても姿の変わらないあなたたちは、随分と長生きなのねぇ」

そういえば、おにいちゃんがうつっていた「寫眞」は随分と前の方にならんでいます。
「寫眞」は日付が若いほうから、左から右へと順番にならべて置いてあります。
さいごまでずらっとならべたらアルバムのポケットにいれましょう、というおばあさんの考えがあってのことでした。
一通りならべるとなれない作業に少し疲れました。
おにいちゃんの指示で少し休憩をとります。
リュックから水筒を取り出して好きなバナナジュースを輪になって飲んでいる時でした。
とつぜん、うしろの方でどさりと音がしたのでおどろきました。
新しいアルバムがいつの間にかぼくたちの後ろに置かれていました。
おばあさんのしずかな笑い声がきこえます。
きっとおばあさんがかみさまに事情をせつめいしてくれたのでしょう。
ぼくたちはそのアルバムのポケットに「寫眞」をおさめていきました。
とちゅうでおにいちゃんのうつり込んでいる一枚がありましたが、ぼくたちがピタリと動きを止めるとおばあさんがアルバムに残しておきたいわと、あと押ししてくれたおかげでまた手を動かしはじめました。
さいごに映る一枚はぼくたち五人がアルバムをかこんでいる様子を上から覗いたもの。
おばあさんのごくろうさま、という言葉でようやくアルバムが元に戻ったのです。

「おばあさん、そろそろおばあさんの元からかみさまのもとへと帰らなければなりません」

おにいちゃんのその言葉を耳にした隊員の一人がいやだいやだと顔を振り、もう一人は口をとがらせ、もう二人は静かに泣き出しました。
ぼくはその内のどれか一人です。

「ちいさなぼくちゃんたち、ありがとう
 あなたたちのことは忘れないからね
 また、あたしのところへいらっしゃい」

おばあさんの声は少しずつ小さくなりながら部屋に響き、やがてなにもきこえなくなりました。
みんなでしばらく手を振り、やがて一人、また一人とリュックからスプレーを取り出します。
手にしたはいいものの、なかなかスプレーをおせません。
いつもはおたのしみのスプレーが、なんだかさみしいのです。
すると、これがぼくたちの仕事なんだ、ときびしい顔をしながらおにいちゃんがスプレーをし始めました。
ぼくたちも続いてスプレーをします。
しゅー、という音と蒸気が部屋にひろがっていきます。
おにいちゃんは、このスプレーで最後の五人がうつり込んだ「寫眞」が消えるんだと、寂しそうにつぶやきました。
ぼくたちのことをおばあさんは忘れてしまいますが、あの今より少し若いおにいちゃんの「寫眞」はアルバムに残ります。
だからぼくは、ぼくたちはそれでいいのです。


赤いバンダナをしめなおして、おにいちゃんは最後に部屋をでてきました。
そして、ぼくたちのそばにかけよるといつもの言葉をなげかけました。

「みんな、忘れ物はないな?
 
 よし、かみさまのところへかえろう!」
 
 
 

 ー ー ー ー


....妄想話でした。

 

ラストメロディー

ラストメロディー