月詠み 日々 細胞分裂

- 泡沫の妄想を あなたへ -

月曜日の俺が殺しに来た、

私なりの幸せを追い求めていたはずだった。
大きな夢や明るい希望はなくとも、この身の丈に合った生活を迎え入れる事こそが最良で、帰宅後の僅かな時間と休日でその余韻を余すことなく嚙みしめる。
こんな調子で人生を終えるのも良しと言い切れる、質素で無欲な自分がきっと好きだった。
しかし、そんな小さな世界で満足できていたはずの私の身にある日変調をきたしたのだ。
いつか来ると想定していた老いや衰えなどではなく、それは突発的に現れると一瞬で距離を詰めてきた。
ちいさなちいさな、でも大切な城がある。
そのコツコツと築き上げてきた私の城が制圧されようとしていた。
その悪魔は、夜中や朝方の眠りの最中に忍び寄ってくるようになった。
突然の気持ち悪さの中で目を覚ますと視点が定まらない。
目が回っているのだ。
視界のハンドルをきっては戻り、またきっては戻りを繰り返している。
その僅かに傾く、繰り返しの景色から逃れようと体の向きを変えるのだが、その度に悪魔は回り込んできて私を悩ませる。
なぜこのような体調不良が起きてしまったのか。
あまりに連日続くために堪らず病院へ行くと、ストレスからくる三半規管の弱りだと診断される。
連日の残業に早朝出勤。
それでも仕事と割り切っていた。
休日も与えられていたし、社内でも自分なりの持ち場というものを確保できていたつもりだ。
不満はないはず。
ただ、どうも医師によるとそれに加えた私生活の部分のストレスが絡まり合い、精神的なダメージを蓄積してきたようだ。

「休日はしっかり休まれていますか?

 失礼ですが、お話を伺っている中で心配な点がありまして。

 あまり、ご自身の生活から活力が感じられ…」

今どき口の利き方を知らない医師もいるものだと呆気にとられたが、それよりも何気に傷ついたのは簡単な記憶テストの結果が散々だったり、他人の言葉が聞き取りにくかったり理解できないことが増えていることを指摘されたことだった。
病院帰り、信号を渡ろうと歩みを進めたところ車のクラクションで怯まされる。
見上げるとなぜか赤信号だった。
これも悪魔の仕業なのか。
信じたくはないが、いよいよ自分は危ないと自覚したのだった。
まだ間に合う。
守り抜くのだ。
我が城を、我の為に。


 ー ー ー ー


この考えに至るには紆余曲折はあったが、ようやく目途が立ってきた。
遡ること、一年ほど前になる。
病院で精神的に病んでいることを指摘された。
それから私は長く続く耐え難い日々から逃れるべく、人生をまずは視界良好なものにしようと考えた。
結果として一週間を一つの短い区切りとして捉え、それをさらに曜日ごとの七つに分割して生きることにした。
それぞれの曜日担当が独立し、意識を共有することはない。
いわば七人で一つの体を乗り継いで生きていく。
連絡事項は全てノートにまとめてある。
『曜日ノート』なるものだ。
目覚めて直ぐ、枕元に置かれたノートを開き、前日の私からのメッセージに目を通す。
そして一日の終わりに、明日の曜日の自分への引き継ぎを書き残し、日付が変わらぬうちに眠るのだ。
はじめはもちろん、一人で自演自作している意識はあった。
それが三カ月もすればふしぎなもので、一日動けば数日眠るという感覚が宿り始めた。
やがて一週間を七人でまわすという手法が完成したのだが、想定外だったことは曜日ごとに癖のある人格まで形成されたことだった。

ちなみに、いつも長々と筆をとる癖のある、この私は月曜日だ。
相変わらず眩暈の症状は改善されない。
それどころか頭痛や吐き気も度々起きるようになった。
休み明け、週の中で最も苦しい朝を担当している面から考えてみても、この月曜日の私が一番苦労をしているはずだ。
他の曜日の連中はどういうつもりで日々をつないでいるのかと、今までは我慢してきたがもうそれを終わりにしようと思う。
このような体とはもうさよならにしよう。
というわけで、どうすれば以前の私を取り戻せるのか、という自問に対しての自答の目途が立ったというのが文頭の言葉である。
間もなく火曜日にバトンタッチする時間だ。
次の月曜まで、ぐるりと考え寝ることにする。
では、おやすみ。


 ー ー ー ー


自分のことだから、先週の月曜の私が書いたノートに託した思いを汲み取ってくれる曜日が一つくらいは現れるだろうと少しばかり期待はしていたのだが、これが大いに外れだった。
ノートを火曜日から順に、軽くふり返ってみる。

『火曜日』

「月曜日の私さん。お疲れさまでした。
そうですよね、休日明けで一番辛い曜日が月曜日さんだと思います。
きっと他の曜日も分かっていることだと思いますよ。
そんな週初めの中で休日前の金曜日の意志を引き継いで、いつもより早く出勤して残っていた仕事に取り組まれたとのこと。
他の曜日も見習っていくべきところだと思います。
本当にいつもありがとうございます。

ええと、水曜日の私へ引継ぎです。
今日は比較的仕事はうまく捌けたのでいつもより早く退社できました。
その気持ちよさが手伝ってかちょっといつもより帰宅後飲みすぎました。
ごめんなさい。
でも、明日は少しゆっくり出勤しても大丈夫なはずですよ。

    おやすみー」

お調子者の火曜日。
月曜日の私の陰で、案外楽をしているのはこいつかもしれない。
憎めない性格だと他人だったら思うのかもしれないが、なんせこれは自分。
なぜか同じ体を使っているはずなのに仕事の進め方がうまく、それも含めてどうもいけ好かない。
次は水曜日のページ。

『水曜日』

「月曜日のわたし、最近特に辛そうですね。大丈夫なの?(笑)
 まぁ、おかげさまで今日で今週の仕事も半分終わりましたよ、と。
 平日の真ん中は辛いっすわ。
 ただ、どの曜日とは言いませんが業務ミスが発覚して取引先と上司に怒られてしまいましてね。
 今日はそいつの尻ぬぐいで帰りが遅くなりました。
 週明けとはいえ、もっと落ち着いて行動されることを願いますね。
 あ、これ誰のことかわかりそうかな?

 あと、火曜日の。
 時間があるなら体を労わってくださいよ。
 私の後ろにも控えているの解ってるよね?
 ねぇ君、怒ってるのわかるかな?
 今日はもう引き継ぎ時間が僅かなのでここら辺で。
 木曜日の私、会社にいけばすぐに仕事に取り掛かれるように準備だけはしているのであとはよろしく頼みますね、と。
     もう寝る」

高飛車の水曜。最も仕事ができる曜日。
こいつが私の中で一番嫌いだ。
月曜の私に対しては仕事以外にもよく批判的なコメントを残す。
もっと元気にいきれよ、笑える、とか馬鹿にしてくる。
向こうもこっちが嫌いなのだろうが。

『木曜日』

「月曜日の私へ、何か企んでいるのか?
 まぁ、どうでもいいですが。

 いつものことですが皆さん、疲れがたまってきて体が重いです。
 頭もまわらないです。
 この曜日ごとの浮き沈みの感覚が残っていることに、いつもながら不満があります。
 独立した意識のはずなのに、目覚めた瞬間に今日が金曜日だったらもっとやる気が起きるのにとか、なんで思わなくてはならないの。
 
 金曜日さん。午後からの高揚感ってどんな感じですか?
 もうすぐで休みだと思うと疲れも吹っ飛ぶって本当ですか?
 ちょっとシツコイですか。
 ごめんなさい。
 まぁ、私からすると土曜日の彼が一番ウラヤマシイのですが」

何となくこの木曜日の残念な気持ちはわからなくもない。
でも、近寄りたくない。
どうしてこうなるのか、これがあれば、ああできたら、等々の言葉がいつも多い。
重いんだよ。こいつはいつも。

『金曜日』

「今週の仕事、なんとか無事に終わりました。
 月曜日の私をはじめ、皆さんのおかげです。
 ただ、明日なんですが、土曜日の私に先に誤っときますね。
 接待とまではいかないのですが、取引先の顔馴染みと同僚が集まっての飲み会が明日、急遽予定として入りました。
 胃腸薬等は揃えてありますので、どうぞ体を大切に、ご自愛ください。
 帰宅すると急に力が抜けます。
 手短ですがもう寝ますね。
 おやすみなさいませ」

こいつはいつもノートに来週からの仕事について詳しく書かない。
その悪癖で月曜の私は最悪な心境で会社の門を潜らなければならない。
こいつがもしかすると月曜の朝の私の気持ちを一番軽んじているのかもしれない。
また、真面目で弱弱しく見せつつも、裏でこそこそと楽をして遊んでいる感じが癇に障る。

『土曜日』

「夕方に目が覚めた。
 飲み会は行くまでが一番苦しい。
 飲んでしまえばどうでもよくなるからな。
 何とか日付が変わるまでには帰ったから許せ。
 とりあえず胃腸薬は口にしたが、あとは起きてみないとわからん」

こいつはいつも朝から寝てばっかりだそうだ。
ノートを一度も満足に書いた試しがない。
一番の役立たず。
それ故、誰からも相手にされていない。
しいて言うなら日曜だけが話し相手か。

『日曜日』

「朝起きると体調が悪くて、昼を過ぎるまでまともに動けませんでした。
 月曜日の私へ。
 いつも、本当にごめんなさい。
 持ち帰った仕事を終えなければならないのに、今週も達成できませんでした。
 本当に、いつも迷惑をかけてごめんなさい」

で、月曜の私に至ると。
誤ることしかできない奴って本当にいるんだな。
本当に同じ人間から生まれたのかと思うほど、みんな屑だ。
だが、もういい。
作戦を実行する時が来たのだ。
もう一度やり直そう。
一つに。
一人の私に戻る時が来た。


 ー ー ー ー


作戦は月曜の深夜、日付が変わった瞬間に決行された。
見つめていた時計の針がてっぺんで重なり合う。
頭の中にもう一つの意識が浮かび上がってくる。
けれど、あのお調子者に譲る気はない。
栄養ドリンクを手に、目覚めた火曜日と対峙する。
ノートには何も書いていない。
勘のいい火曜日は私の意図を察すると、私が手を下すまでもなく無言で消滅していった。
不眠のまま、続いての相手は強敵の水曜日だ。
職場で「水曜日の君」と噂されていたことを会社で知る。

「今日はどうした?明日は水曜だからしっかり寝てエンジンかけてくれよ」

と帰り際に出くわした部長に肩を叩かれる偽りの火曜日の私。
日付が変わった直後にその水曜のヤツが目を覚ました。
何でこんな時間に起きているんだ、と怪しむヤツにはこれまで馬鹿にされてきた恨みがある。
こいつは賢いやつでまともにやり合っては勝ち目はない。
私は疎かだ。
疎かな奴には疎かな奴なりのやり方がある。
握ったこぶしを自分の顔面に思い切りぶち込む。
奴の操作する左手が顔を押さえる。
唖然とするもう一つの意識に構うことなく、みぞおちにこぶしをねじ込む。
悶絶する二人の姿が重なり合っていたが、やがてその影が薄くなる。
左手が震えながら床に落ちたノートに字を書き始めた。

「こんな大馬鹿者と同じ人生を共有するつもりはない。
 君はほんとうに疎かで屑な生き物だな。
 ほんと、笑えるよ」

歪んだ口で笑う自分の姿が一瞬だけ思い浮かんだ。
自分の顔ではないように見えた。
横になったまま、しばらく休むつもりだった。
でも、気付くと水曜日の夕方だった。
会社からの着信で目を覚ましたが、メールで一言連絡することにした。

「何度も電話をかけていただいたのに出られなくてすみません。体調不良で朝方、救急車を自分で呼んだのですがその中で意識を失ったそうです。
 先ほど目覚めて医師から話を聞きました。疲労の蓄積が原因だろうということで、とりあえず明日は大事をとって休むことにしますが金曜日は必ず出社しますので、よろしくお願いします」

嘘が上手いのか下手なのかは、相手が判断することだ。
一息ついてベッドに倒れ込むと気付かぬうちに木曜の朝になっていた。
しかし、その時には既に私の中に木曜の彼はいなかった。
起き上がると布団が掛けられていた。
枕元のノートには別れの言葉が綴られていた。
きっと君は後悔することになる、という件から始まり、水曜の彼が去り際に残った曜日の私たちに月曜日担当が今何をしているかを伝え回ったという。
しかしこんなに穏やかな気分で朝を迎えられる日がくるとは思わなかったありがとう、と書かれた文面からはなぜか少し寂しさを感じて、今実行している作戦の指揮が鈍りそうだと困惑した。
少し冷静になり金曜日の私を待ったが、何を残すでもなく、彼は一切姿を現さなかった。きっと彼は私を一番恐れていただろうと思う。
仕事を半端で切り上げては持ち帰り、休日に丸投げすることが多かった。
土日の二人がたいがいその持ち帰った仕事を消化していないことも知ったうえで。
自分を誰かが殺しに来る、と伝え聞いた人間はまずそこから逃げ出すに決まっている。
当然のことだ。
自分の中に空虚な部分が広がっているようにも感じられる。
金曜日は昼から嫌々ながら出勤をした。
形式通りに私の体調を心配する声をかけられた後、自分の机に向かうと積みあがった仕事の山が待っていた。本当に病院に運ばれそうな具合の悪さの中、しずかに定時で逃げ出した。
暗い部屋で食事もろくにとらずに横になっていると、もう残りの曜日も姿を現さないのではないかという思いが沸いてきた。
しかし、土曜日の私は時間になると何事もなかったかのように現れた。
現れたが、そう、寝ている。
もう、それが癖になっているのだろう。
寝ている意識の私を月曜の私が呆気に取られて見下ろしている。
自分の寝顔が見えるような気がしてふしぎな気持ちに陥った。
結果として、こいつが仕事疲れの体を一番めんどう見ていたのかもしれない。
そして飲み会やイベントに参加して同僚や取引先との間を取り持ってくれていたのも、そのほとんどがこいつ。
こいつが私にぎりぎりの人間関係を携えてくれていたことに気付く。
そう思うと無理に起こす気にはなれず、土曜日って思っていたよりも静かなんだなと西日の部屋に佇んでいるとあっという間に日が暮れ、日曜日がやってきた。
ふしぎな光景だった。
一人の人間の中で三人が対峙している。
一人は相変わらず眠っているだけだが。

「水曜日の私から話は聞いています。
 私は抗ったりするつもりはありません。
 眠っている土曜日の彼も同じだと思います。
 たぶん、お気づきだと思いますが、私…」

私たちは結局は同じ一人の人間、と私と日曜日の声が被った。
意識の中で、眠った土曜日の私を日曜日の私が抱えて遠のいて行っているのが解る。

「月曜日のあなたが一つに戻ろうと決心した瞬間、私たちは消える運命だということは薄々感じ取っていました。
 ただ、独り残された月曜日の私のことが心配でした。
 それは水曜日の彼も同じ思いでした」

私の中から二人が去っていくのを感じる。
なぜだろう、ものすごく胸が苦しくなる。
先が見えない。
一人でこれから先を歩んでいく自信がない。

「大丈夫。きっとね」

日曜の朝、眩しい光の元、私は一人取り残された。
ふらふらと歩み寄った先にあるのはあのノートだった。
とりあえず、日曜日の私は何をしていたのかを真面目に読み返してみた。
日曜日は普段の曜日よりも少し役目が違っていた。
少し離れたところにいる祖母の様子を見に行ったり、部屋では掃除や洗濯に力を入れていた。
買い出しもこの曜日が担当だった。
他の曜日にも回るように食事を作って保存する、その姿はまるで子どもたちの面倒を見る母のようだった。
そんな母や子どもを殺めようと計画を練り、私は月曜日からはみ出し、曜日を手繰り寄せていたのだ。
罪滅ぼしという訳でもないが、その後姿を追って私もその母の真似をする。
どの曜日にもそれなりに大変なことがある。
どうしてそれを忘れてしまったのかな、と呟くころには日が傾きかけていた。


 ー ー ー ー

月曜日の朝が来てしまった。
血色の悪い顔が洗面台の鏡に映る。
ため息が漏れてうな垂れるとこみ上げてくるものがあり、空っぽの胃袋を震わせる。
すると、声が聞こえるのだ。

「大丈夫なの?わらえる(笑)」

はっとして顔を見上げると歯ブラシとコップの置かれた脇に折りたたまれたノートの切れ端があるのに気付いた。
そこには、こう綴られていた。

「小さな頃 よく泣いて笑っていたことを覚えているかい?

 私も覚えているから 残された君も、だろ?

 辛かったらさ また泣いて

 楽しかったら 素直に笑ってしていいんじゃないかな

 私たちは ずっとつながっていきている

 だから今 答えがわからなければ振り返って過去の私にきけばいい

 それでもわからなければ 明日の私に引き継げばいい

 そこまでむずかしく考えずにさ

 今日を思う存分 今をいきろってことだよ

     私たち一同より」

 

返す言葉が見つからず、でも何か答えないといけないような気がした。
いや、思い浮かんでいた言葉はあったがそれを口にするのをすこし躊躇っただけだ。
ももう、それでいい。

「ほんと、わらえるわ」

鏡の中の自分が少しだけ笑っている。






 ー ー ー ー 


…という妄想話でした。

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