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月詠み 日々 細胞分裂

- 泡沫の妄想を放ちます -

「アリアの肉」

宗教観も文化もまったく異なった、大陸の奥地に居た少数民族の習わしが形を変え密かに広まってしまうのは多様化、という言葉だけで済まされるはずがない。
その少数民族は、亡くなった人の遺体を食すという慣習をもっていた。
そんな習わしが公けになったきっかけは一人の冒険家の配信映像だった。

世界的に有名な企業が挙ってスポンサーに名乗りを上げる、女性冒険家の名はアリアといった。
事前に危険を察する勘と対処する冷静さ、そしてその判断を支える強靭な精神と肉体。
しかし、この玄人好みの探求者が一般受けした理由を解りやすく説明すると、普段の陽気な性格と合わせて、目を見張るほどの美貌を秘めた若干17歳の少女だったという点だろう。
世界各地に点在する山々などは既に単独制覇していたが、そんな彼女が次に目を付けたのが辺境の地だった。
これといった絵になる絶景が用意されているわけでもなく、真新しいスポットが必ず見つかるわけでもない。
それでも、彼女がリポートしながら道なき道を進めばなぜかしら人の目を引き付け、その先の見えない未踏の地を共に歩みたくなるというふしぎな求心力を帯びていた。
しかし、そんな人気者な彼女でも、これまで支持していた者たちを退けさせることになってしまうとは。

その切欠となる、とある冒険配信。
彼女は単独で分け入った険しい山の奥地で獣に襲われたのだが、その時に大切な荷物を失ってしまったのだった。身につけていたポーチに入っていた食料も尽き、数日の間はまともな食事ができず足取りも重かった。
残すは救難信号を出すのみだと、その直前まで追い込まれていた彼女の元に、不意に小さな男の子が現れたのだった。
その一部始終が収められた当時の配信動画は、しかるべきところでは今でも見ることができる。
彼女はその男の子が差し出した食べかけの肉塊を受け取り、大切にとっておいた僅かな水をここぞとばかりに口に含むと、まるで獣のような形相でくちゃくちゃと夢中で食べ始めたのだった。
その後、彼女は満たされぬ食欲に先導されるようにして、ぴったりと男の子の背後をつける。
その足元は強さを取り戻していた。
男の子が村に戻ると、そこでは何かの儀式のような集まりが行われていた。
歩みを進めた先に四角形の窪地があり、そこを彼女がのぞき込むと青年男子の遺体が横たわっていた。
見るとその遺体の其処彼処から、肉をそぎ取り、村人に配っているではないか。
無言で差し出されたその血の滴る肉を、彼女はゆっくりと口に含んだ。
これまでに自身を形成していた概念や哲学のようなものが、血肉を噛みしめると同時にその輪郭が失われていくのを感じた、と彼女は後に語り、その時の味について一言だけコメントを残した。

「とてもおいしかった」


 ー ー ー ー


大衆の元へ戻った彼女は、突如、培養学を志し研究員となり、研究所に籠ってしまったのだった。
そして、皆がその存在を忘れかけた頃にまた、不意にその姿を現した。
髪には白髪が交じり始め、どこか別人のような風貌であった。
彼女は開口一番に新しい食文化のすすめを説いた。

「これからほんの先の未来の話です。私たちは動植物を人間の食欲を満たすために飼ったり栽培する必要はなくなりました。命とは、殺生とは。やっとこれからそのことについて真剣に考える者たちが増えていくのではないかと、私は思います」

彼女の研究によって、私たちの食文化は大きく変わりつつある。
生産者はこれといった一つの細胞を仕入れるだけで、あとは装置を使えば半永久的に同じものを培養し消費者に提供することが可能となった。
これまでにあった一生物の執拗な乱獲も、天候によって左右される青果価格の揺れもなくなり、消費者の手もその培養技術の元に生まれた食品へと伸びるようになっていった。
やがて彼女の発見は、飢餓問題、臓器売買問題をも解決する第一案として着手され始める。

しかし、その矢先で起きたニュースだった。
アリアが死んだ。
死因は定かではない。
密かに流通していた培養人肉に関して、彼女が関与しているのではないかと疑いの目が向けられ、機関に身柄拘束されている最中での突然死だったらしい。
司法解剖される予定だったが、その遺体が行方不明になるという泡沫のような人生の幕引きで彼女はこの世界から消えた。





 ー ー ー ー


…妄想話でした。 

CROW

CROW

 

 


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in the near future...

最近の報告によると、どうも安置されているはずの遺体が姿を消すのは名高い無国籍活動集団「alias」が絡んでいるとある。
消えた遺体は世間的な判断による善人と悪人の境目はなく、かといって無作為に遺体を集めているわけでもなさそうだ。
捜査を進めるにつれて嫌な予感が増していっているのだが、どうか間違いであってほしいと願う。


…でも、それは、また別のお話…。