月詠み 日々 細胞分裂

- 泡沫の妄想を放ちます -

「死が二人を別つまで」

『健やかなる時も 病める時も 喜びの時も 悲しみの時も 富める時も

貧しい時も これを愛し これを敬い これを慰め これを助け

いつか死が 二人を別つまで

お互いが 愛し慈しみあうことを 誓いますか?』



 ー ー ー ー

軽い気持ちだった。
街中を彼女と二人で歩いていると、モニターとしての参加を呼びかけられたのだ。
商品券ももらえるし、とりあえず説明を聞いてみようと乗り気で彼女が言うものだから、こうして今、この一室にいる。
最近の彼女は、人が変わったようにして、物事に積極的だ。

パンフレットに目を落とすと、流行りのスポーツ選手の写真がでかでかと掲載されていた。
解析医療装置「久遠-Qon-」という大手医療メーカーが開発したものを使って、個人の生育データを採取し、そのデータをもとに商品を提供しているのだそうだ。
流れとしては、採血のあとに隣接されたボックスに5分間入るだけで解析は完了する。

「健康診断の手短なものだと思っていただけたら…」

と担当者に説明されたが、たしかにそんな感じだった。

受付に戻ると先に終えた彼女が座っていた。
このデータがちゃんと管理されるのかどうか不安だよねと彼女に小さな声でつぶやくと、

「そうだね。あたしたち超有名なただの一般人だもんねっ」

と意地悪く返されたので、軽く頬を膨らまして黙りこんだ。


 ー ー ー ー

今回のモニターを企画した側が、この解析医療装置「久遠-Qon-」を利用して客に提供する商品は、定期購入のオーダーメイドシューズだった。
そういえば、以前にも似たようなブースを目にしたことがあったと思い出す。
確かそれはサプリメントかお弁当の配達か何かだったような気がする。
たぶん、個人データの分析の後に、その人に見合った食事を定期的に提供するというようなサービスだと思う。たぶん他にも化粧品など色々な分野でも利用されているんだろうと想像がつく。

今回の売りであるシューズには、自分に合った靴を提供するというだけではなく、年齢に合わせて今後予想される足腰の筋力衰えなどを加味して、姿勢やバランスの崩れを補正したり補助する機能が備えてあるそうだ。
ほおほおと担当者の話を聞いているうちに、営業トークが始まっていることに気付いたが、目の前に出されたサンプルシューズが一つ、二つと並ぶと、なかなか外へ抜け出せない雰囲気になっていた。
カタログを見せられれば、デザインも何十種類も展開されていて、ビジネスタイプからスポーツシューズ、スニーカータイプと幅広い。
不思議に思って尋ねると、どうやら一般的に市販されているものとデザインは全く同じでありつつ、その人その人に合わせた作りが提供できるのだという。
契約は一年からで、シューズの交換は最短で2カ月から受け付けているそうだ。
その際に使用済みの靴を送り返すことで、データのズレを補正して、また次回以降の自分専用の靴へと活かされていく。

「一年二年といわず、3年後、5年後、10年後…と、足元からお客様を支えていきたいという思いです」

担当者はなかなかの高額な契約商品にも関わらず、臆することなく笑顔で攻めてくる。

「一度でもこちら、履いていただきましたら、ご自身に合った靴を履くという良さがわかっていただけると思います。そうなるとですね…もうあとは本当に、費用の問題だけになってきます。

…で、ですね。定期購入の契約をこの場ですぐにというのも難しい話だと思いますので、キャンペーンを利用されたらいかがかなと思いまして。

一年契約を12か月で割りました、こちらの月額料金の半額の負担で。
ええ、一度きりになりますが、オーダーメイドの靴をお客様につくらせていただきたいと思うのですがいかがでしょうか。
その靴を履いていただいた後で、定期契約はゆっくりと考えていただけたらと思います。市販の靴と同程度のお値段ですので、一足、新しい靴を新調していただくと思って…」

彼女が面白そうだと口にしたので、彼女の分だけお願いしようかと思い、担当者に告げると彼女が僕を誘ったので、流れでそのキャンペーンとやらを利用することになった。


 ー ー ー ー



手続きを終えた帰り際、担当者に呼び止められた。
解析医療装置をあつかう技術者から挨拶があるからというのでその者に変わると、ちょっとだけアンケートに答えてもらいたいと告げられた。
今回の装置を使ってみた感想と、これから利用したいサービス内容などを書き込む用紙を渡された。

「…今回分析されたデータを使用し、例えばお互いの今後の姿をモニターでご覧になれますがいかがですか?」

唐突に発せられた思いもしなかった技術者の言葉に、アンケート用紙に書き込んでいた僕の手は止まった。
彼女が詳しい説明を求めた。
現状の老化の傾向、今後身体に現れてくるだろう不調、さらには大まかな寿命まで知ることが出来ると淡々とその人は語った。

僕たちはその将来の姿を見ることにした。
技術者によると、見る人と見ない人の割合は半々だという。
お互いの皺が増え、髪が薄くなり、彼女の顔にもシミが浮かび上がる。
最後に、二人ならんで背中の曲がった全体像がモニターには浮かび上がった。

「もちろん、今後の生活で改善していける可能性は十分にあります。ほんの一例として受け取ってください」

モニターの見えないところから、技術者の言葉が降ってきた。
彼女の横顔を除くと、平然とその未来の二人をみつめていた。
僕たちはお礼を言って、その一室を後にした。
ほんの一月前、彼女は医師に宣告されたばかりだった。
望めない未来の僕たちがそこにいた。


そのことを思い出しながら食器洗いをしていると、彼女が僕の背中に向かって声をかけた。

「でもさ。医者はあたしに余命を伝えたけど、あの機器は未来を見せてくれた。それってさ、やっぱりその、可能性はゼロではないってことなんじゃないかな?」

僕は大丈夫だからと強がってきたが、実は毎晩泣いていた。
彼女も泣いていたのを知っている。
お互いに覚悟なんてできるはずがなかった。
到底、諦めきれるはずもなかった。
行き場のない想いをため込んでいたところに、突然彼女がひょうきんな顔をしてそんなことを言うものだから、僕は思わず手を止め、外に出た。
人目もはばからず、大人になってはじめて声をあげて泣いた。


靴は担当者の言った通り、一週間で手元に届いた。
この先、何が起こるかなんてことは誰にも分らない。
医者にも、コンピュータにも、もちろん僕たちにも。
それでも、嬉しそうに新品のシューズを履いて病院に通う彼女の後ろ姿を見て、僕は今日、この瞬間にだけは、彼女と一緒に生きているこの世界に感謝できるのだった。

 



 ー ー ー ー


…妄想話でした。 

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