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( >д<);'.・月詠み 日々 細胞分裂・∵.

- ネットの深海から 泡沫の言葉を放ちます -

白い空間『天国旅行』

『短編妄想話』

電車が長いトンネルを抜けるとそれまでの景色は一変し、勢いよく雪が降り始めた。
トンネルの上にのびている高い山々に海からの風がぶち当たり、その風に乗った水気が山を越えられずに冷やされ、こちら側は白銀の世界へと変わったのだろう。

今日は連休の初日、朝からいそいそと用意をして、電車で片道2時間ほどの温泉地を目指した。
一泊二日の現実逃避の予定だ。

私には、一つの秘密というのか、習性というのか、おそらく他人とは違った日常の悩みを抱えていきている。
それは睡眠中におこることなのだが、現実世界で眠りについたと思うと、次の瞬間には真っ白な世界に誘われるのだ。
何もない白い世界をとぼとぼと歩いていると、やがて白いドアが点々と現れ始める。
そのいくつかのドアの中に身を投じると、浮世離れした不思議な世界が私を弄ぶのだ。
しかし、不思議なことにそのドアの先では、どんなに疲弊しきってしまうような世界が待ち構えていたとしても、現実で目が醒めれば身体の疲れは取れているものなのだ。
ただ、心の疲れは残っていることが多い。
そんな時は、その重苦しい後味を抱え込まずに済むように、気分転換を図ることを自分に課している。

 

 

 ー ー ー ー



湯に身を沈めるという、その行為に喜びを感じ始めたのはいつの頃からだっただろう。
小さな頃は身体が小さく、温まるのも早いからなのだろうか。
じっくりと長い時間、湯に浸かってはいられなかったのに。

白く濁った湯を両手ですくい、ゆっくりと顔を浸す。
誰もいない、白く霞んだ露天風呂で静かな時を過ごす。
トンネルを越えてからずっと降り続いている雪は、この外に設けられた湯にも降り注ぐ。
身体を包む、滑らかな温かさを堪能していると、うっかり眠ってしまいそうになる。
しかし、眠ってしまえばいつ現実世界に戻ってこられるのかわからないため、それだけには注意しなければならない。
素っ裸で湯に浮いている宿泊客、しかも私が不思議な世界に居る時には、誰にも目を醒せることができない。
そんな状態で発見されたならば、この旅館は大惨事となるだろう。
ただ、このゆっくりと、優しく揺さぶられるような温かみの中、眠りと現実の狭間に対峙する微睡み(まどろみ)。
わるくない。
もう少し、もう少し。


 ー ー ー ー


斯くして、大失敗を犯したというわけで、真っ白な白い世界が目の前に広がっている。
現実世界の自分がはたして息が出来ている状態で睡眠中であるのかが気になってやまない。
とりあえず、この真っ白な世界を歩けているということは、現実の世界でも息があるということだと願いたい。

ほどなくして、いくつかのドアが現れ始めた。
真っ白い世界に真っ白なドアだ。
ドアの先には現実世界とは違った世界観が待ち受けている。
そこに身を投じれば、そこがどんなに偏屈な道理で出来上がった世界であっても、次第に今がどういった状況で、自分が何をすべきなのかが頭の中に染み渡ってくるから不思議なものだ。

ドアの先、真っ白な空間の先には薄暗い視界が広がっていた。
いや、厳密には広がりなどはなく、私は何か硬いものに座り、台のようなものに伏せて片腕で視界を塞いでいた。

「では、お前とお前、其処に立って待て。いや、お前はそこから出ろ」

頭の先の方から大きな声がする。
顔をあげて周りを伺いたいが、それをしてはいけないというのがあたりの張りつめた空気から嫌でもわかる。
そのまま額を横に小さく傾け、自分の横から後方の様子をうかがうが、両隣に同じようにしてうずくまるものの影が感じ取れるだけで、後ろには誰もいないようだった。

「いいか。センセーィは怒らないから、正直にな。問いに手を挙げて答えるんだぞ」

しかし、その言葉の後には何も耳に入らない。
ズゴゴ、と重そうな音が隣から聞こえる。
私の左側に居た何か、それが席を立ったようだ。

「お前はこっちだな。あ、やっぱりこっちに行け」

トットット、何かが床を小突いて跳ねるような、妙な音が隣から離れていった。

「じゃぁ、つぎなぁー。センセーィは本当に怒らないから、正直に手を挙げろ。わかったな」

声の主はその問いというものを口にしていないのだろうか。
やはり、私には何も聞こえない。
それでも、周囲から何者かが席を立ち、どこかへ去っていくのが感じ取れる。
徐々に焦りの気持ちが沸いてくる。
いや、焦りならはじめからあった。
これは畏怖だ。
できればここから今すぐに逃げ出したい。
でも、できない。
声の主は何を探しているのだろうか。
声の主はたぶん、大よその目星を立てながら、その探しものを振り分けているようだ。
声の主が、手を挙げろと語気を強める時、身体がやたらと強ばってしまう。

「おーぃ。正直に、正直にだぞー。センセーィに向かって手を挙げろ」

やがて、その声の主は私のすぐ前にまで迫ってから動かなくなった。
時折り声の向きが右に逸れる時がある。
もしかすると、私とその右側にいるものしかここには残されていないのではないだろうか。

「…聞こえた」

女の人の声で、右側から小さな声が聞こえた。
去り際にその声は、きっと君にも聞こえる時が来るよと私に告げた。
なにやらずるずると地を這うような音が聞こえ、扉の開く音が聞こえたと思えば、また静かになった。

「…残るは、…」

そこから、先ほどまでのやりとりがいくつも繰り返されたが、肝心の質問の部分だけがどうしても聞こえない。
なんでもいいから、とにかく手を挙げた方がいいのだろうか。
沈黙の時間が苦しくてたまらない。
早く現実世界に戻りたい。

「お前は…?」

実は、隣の女の人の声を耳にした時、一瞬だけ斜め前方の方を盗み見た。
いくつかの扉が目にはいったのだが、その一つにだけピントがあった。
扉の上、プレートにはこう書かれていた。

「 ↓ 生まれ変わり」

それから、ようやくこの部屋の状況が掴めてきた。
ここは死者の集う、教室に似た待ち合い室だ。
センセイのような案内人の質問は、各々の生前の世界に関する内容で、それに心当たりがあるものだけには自然と言葉が耳に入る。
手を挙げて反応したものが、各々の進むべき先の扉へと案内されているのだ。

「…では、次の質問だ。

 もしかしてお前は、まだ死んでいないな…」

ようやく、顔を上げる時が来た。
ゆっくりと見上げた先に、鼻先から上の潰れた、黒い背広を着た細身の男が立っていた。

「手を挙げろと言っただろ?」

男は手に持っていた名簿をゆっくりと指でなぞった。
それからパタンと閉じると、一つのドアを指さした。

「そこを進め」

恐る恐る、椅子から立ち上がり、その指の刺された方へと歩み寄る。
扉には『返還』というプレートが掲げられている。
床にはなにかがひきずられたような土気色の跡が伸びていたり、錠剤のようなものが机上に残されていたり、壁には真っ赤な手形や鋭利なもので傷つけられたような後がたくさん残されていた。
ふと、指示された扉の元まで来て、さきほど自分が座っていた席を振り返る。
頭部の半分が無くなった男は背中を向けている。
自分が最後だと思っていたのに、まだ、一人だけ残されているのが目に入った。
長い髪の毛を後ろでまとめたその姿は少女のように見えた。
何か声をかけなければいけないような気がした。
先ほどの、私の隣にいたもののように。

しかし、少しだけ体をそちらへ戻した瞬間に後ろ手を引かれた。
振り向くと、扉の先から何者かが私を引っ張る気配がする。
それはものすごく力強いもので、私はあっという間に扉の中へと引きずり込まれたのだった。


 ー ー ー ー


目が醒めると、私は自分の左腕を右手で強く握りしめていた。
私はたしか旅館の湯に浸かっていたはずだ。
でも、いま居るここは狭い部屋で、明らかに私の宿泊部屋とは違う別室だった。
身を起こすと、先ほどまで誰かが傍にいたような気配がある。
ここは医務室のような気がする。
私は起き上がると、この身の無事を誰かに伝えたくて、急いで扉に向かって這い出た。





 ー ー ー ー


という、お話でした。

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