月詠み 日々 細胞分裂

- 泡沫の妄想を放ちます -

「真相は穴の中」第四話

 

彼が今、目の前にいる。
でも、はたして本当に私の知っている、あの彼なのだろうか。
あたしの父親を殺害した後、彼は減歳会議によって歳を取り上げられ「零歳」となった。
そして、霊山の山頂にある穴へと葬られたはずだった。
あたしは確かにあの時、初めてその罰の執行を目の当たりにした。
穴に向かって突き落とすのだと小さい頃に耳にしたが、それは子ども達へ悪いことをしたらこのような怖いことが待っているという大人達の脅しであった。
ただ、突き落とすというのは大袈裟だが、その先にある意味合いは同じようなモノだった。
穴は上から下へまっすぐに空いていて、底に行くほど広がっていく壺のような形になっているという。一度底まで降りれば、反り返った壁をよじ登らなければ出てこれない。
到底、人の力で登り切るのは不可能だ。
縄を結い、木の足場を縛り付けた梯子(はしご)が穴の近くの堂の中に丸めて収めてある。
その梯子は、片方が堂の真ん中にある太い柱に取り付けてあり、もう片方を穴の上から垂らすことで役割を果たす。
十年ごとに開かれる神事があり、梯子の長さを占いで決め、それから村人総出で「梯子結い」を行う。
毎回、随分と長い梯子を作ることになるのだが、それでも穴の底までは達しないそうだ。
実際の執行時には、付添人たちと共に山を登り、そして穴の中に降りていくのを監視される。
そして、「ぎしっぎゅっ」と音を立てていた梯子がひとつも軋まなくなったとき、梯子を引き上げ堂へ戻し、処罰は終わりを迎えるのだ。
自分の父を失った時も、その父を殺した彼を見送る時も、取り乱すことはなかった。
どこか他人事のようにして受け止めている気がしないでもない。
それから間もなく、あたしは夜な夜な独りで外を出歩くようになった。
行先はいつも同じだった。
山頂はいつも星が降り注いだ。


・ ・ ・ ・ 



軋む梯子を一歩一歩、降りた。
それほど降りた気はしないのに、段々と周りが暗くなり、あれほど開けていた空が徐々にしぼんでいった。
足元は暗く、何かは分からないが確かにある「音」が下から空へ向かって昇って行った。
村のしきたりで梯子は十年ごとに作り変えた。
この梯子を作った時、わたしはまだ子どもだった。
処罰の話を大人から噂話として何回か耳にしていたが、忘れられない言葉があった。

「なぜか、梯子がぷつりと切れるんだとよ」

梯子の揺れがなくなったら引き上げる。
それが決まりなのだが、梯子が作られてからの年月に関わらず、引き上げた時には梯子はいつも途中で切れているというのだ。 
穴に入るとき、処罰を受ける人間は持ちものに関しては制限を特に与えられない。
わたしはこれといった持ちものを持たずに生きてきた。
霊山に入る前に身の回りの片づけをしたが、農具等の仕事道具を除けば、残ったモノは背負いの革袋一つに収まってしまうのであった。
これから死ぬというのに、二日間分の食べ物と小刀や紐などの常備品を持って入ったのは、別に覚悟しきれなかった臆病者ということではない。
少し遠出をするときの、いつもの自分で家を出ようと、ふと思いついたのだ。
思いを寄せた娘の親を殺害したとき、生への未練は捨てたのだから。
見上げた先にある地表の明かりは指の先ほどになり、身体を冷気が覆い始めた。
自分の身体はすでに闇に覆われ何も見えない。
なのに、わたしの足元は下るのを止めない。
止められないのだ。
梯子の揺れが止まった時、梯子は引き上げられる。
このまま微動だにせずに待っていれば、地表に引き上げてもらえるだろう。
しかし、この処罰にはしっかりとした「詰め」が待っている。
もしも再び穴の中から姿を現した時は、突き落とされるのだ。
子どもの頃に聞かされた話は、これらを簡略しつつ面白おかしく言い聞かせたいがための話だったのだろう。
何を頼りに、目に見えない次の段をわたしの足は探っていくのか。
冷たい風がわたしの身体を通り抜ける。
あたりを見回しても当然何も見えないのだが、風の吹くままに揺られているわたしは、想像していたよりも周りが開けた大きな洞窟の中にいるように感じられた。
しかし、その時だった。
到達点の知れない綱渡りは突如終わりを迎える。
闇の中から革袋を引く力を感じた。
わたしは抵抗したが、次の瞬間、身体が落ちていくのを感じた。
手は梯子を握っている。
わたしはどこで切れたか知れない梯子ごと、闇に吸い込まれていった。



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…つづきます
 
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