日々人 細胞分裂

- 泡沫の妄想を あなたへ -

「真相は穴の中」第三話

 

村へと続く一本道まで、そう遠くはない位置まで何とか逃げ帰ってきた。
あの道にさえ入ってしまえば助けも呼べる。
そのことを告げると、娘たちの身が軽くなったのが見てとれた。
俺は娘たちと次第に距離を空け、どこまでも追ってくる男達を倒しては引いてを繰り返した。
目の前に転がる死体に小さなうめき声。
手の甲で額を拭うと褐色のべたべたしたものが張り付いてきた。
どこを触っても、同じ色のものがこびり付く。
爪の中に入り込んだ褐色をもう片方の手で掻き出そうとして、その指の爪が剥がれているのに今さら気付いた。
村へ続く道へ戻ろうと、その場から振り返ると一人の娘が俺のすぐ前に立っていた。
なぜこの娘だけここにいるのだと不思議に思い、何故そこで立ち止まるのかを訪ねようとした時、娘の視線が私の背後にあることに気付いた。
身をひるがえした直後、左腕を薄く切り裂かれた。
痛みの先には、死んだはずの仲間がいた。

 

 

そいつは何年も前に、霊山の頂上にある穴に葬られたはずの男だった。
名をラッカスと言い、仲間内ではラスと呼ばれていた。
俺と同じ年に生まれた男だった。
減歳会議の際、彼が極刑を言い渡されたことに皆が驚いた。
当時の俺のような村の暴れ者と言うこともなく、むしろその逆であった為だ。
いつも大人しくしていて、よく村人の為に酪農作業の手伝いに勤しんでいた。
特に顔だちは女受けがよく、村娘たちの噂話によく出てくる名だった。
しかし、ラスには他の者が近寄りがたい過去があった。
生きていれば誰にでもそれなりの過去はあるだろうが、ラスは小さな頃からこの村で生きるには少し辛い定めを背負って生きてきた。
父親が過去の戦の際、戦場で一人だけ隊を離れ生き延びたのを、偶然近くにいた他の隊のものに目撃されたのだ。
減歳会議の結果、父親は歳をすべて奪われることは無かった。
が、数日後には近くの納屋で遺体で発見された。自ら命を絶ったという話だ。

 

それからしばらく、ラスの家は村から孤立してしまった。
ラスはそんな周囲の視線を浴びながらも、子どもながらによく考え村の為に働いた。
数年後にはそれらの行いが認められ、村の中で力を持つほどの存在になっていた。
俺はそんな同い年生まれのラスが立派に「歳」を与えられ、積み重ねていくことが本当に嬉しかった。
ただ、俺が近寄っても返事は返してくれるが、絶対に向こうから近寄ってきてはくれなかった。
そんな距離が俺たちの中にはあった。
それでも俺は構わず、見かければ必ず声をかけた。
俺にはない、ラスの生真面目なところを気に入っていた。




・ ・ ・ ・



わたしには好きな女がいた。
でも、決して好きになってはいけない女だったことをある日知った。
それなりの歳を与えられ、村の行事ごとにも顔を出すことを許され始めた頃だった。
酒の注ぎ役をしてまわっていた時、妙な会話のやり取りを耳にした。
酒を注いでいるわたしの姿を好奇の目でじっと見ていた男が、わたしがその場を去った後に近くの知人仲間に話しかけたのだった。

「おい、あれの息子だって。みんな気をつけろよ」

本人は酒も入り、自分の声の通りの良さに気付いていないようだった。
わたしが振り返ると男は手にした酒に自分の姿を写し、静かに笑ったのだった。
それからずっと、その男のことが気になり、いつの間にか調べるようになっていた。
情報を集め、自分なりの解釈を深めた。
好きな女の父親がわたしの父を死に追いやったという結論に至った時、どこまでも自分の運命を呪った。
そして、それと同時にようやく犯人を探り当てられた今日という日に感謝した。
月日が流れ、村の祭りの夜、その父親と二人きりになるという待ちに待った機会がようやく訪れた。
村の祭りが終わり、祭具を片付け終わった帰路だった。
その父親はわたしに問いただされた時、信じられないことを口にした。

「俺が一人でいたところに、突然目の前に現れたのがお前のオヤジだった。

本当はアイツが隊を離れた目的が伝令であって、決して逃げたわけではないことはわかっていた。手にしていた文の内容からしてもそれは分かり切ったことだった。
…でも、その内容が俺を狂わせた。援軍の要請だった。俺たちの部隊は疲弊しきっていて、もう戦う術がなかった。アイツにはすぐに本隊に伝えるからもう少しだけ堪えてくれと告げた。アイツは元来た道を、ちょうど今のお前のような顔をして戻っていった。…そして、俺は手紙を破り捨てた。アイツは幸運にも独り生き延びた、ということになる」

それからしばらく、その父親はなにやら口にしていたがあまり覚えてはいない。
最後に謝罪の言葉を口にした父親の、俺だって苦しんで生きてきたと同調を求めるかのような苦々しい表情を目にした時、ここで終わりにしようと思った。
村の為にそれなりに尽くしてきたつもりだ。
そろそろ、休んでもいいころだ。
話し終えて、二人の間に急に余所余所しい雰囲気が流れた。
好きな女の父親は急に何も喋らなくなった。
謝罪に対する、わたしの返事を待っているようだった。
わたしはそのまま、父親を喋られなくした。

 

集会場にまで引きずり、腫れ膨らんだ目や歪んだ鼻を目にすると、先ほどまで話をしていたこの男の顔を思い出せなくなっていた。
そういえば、この父親は好きな女とはあまり似ていなかったからきっと母親似なのだろうなどと妙な考えを巡らせていると、やがて集会場の外から沢山の村人が集まり、わたしは取り囲まれたのだった。

 

・ ・ ・ ・
 

 

あたしはいけない女だ。
死んだはずの男をずっと好きだったということになる。
連れ去られた村は不思議な村だった。
いつの間にかあたしたち村娘は荷馬車に乗せられていた。
どこかへ運ばれていたかと思えば、次に気が付いた時にはあたしたちは格子で囲まれた部屋に入れられていた。
その部屋にいたのは、あたしともう一人の娘だけだった。
薄暗い部屋の隅には布団が置かれ、厠がさらに分かれた個室にあり、戸は外から固く閉ざされていた。
戸の横の足元に、四角にくり抜かれた横長の穴があり、そこからは朝と夜に人数分の食事が入れられた。
外の様子を探るには、うっすらと光が差し込む格子の隙間へぴったりと顔を近づけなくてはいけなかった。隙間風がうるさいほどに部屋に入り込み、目にごみが入るのを怖がりながら覗いた。
部屋の中を動き回り、小さな隙間の位置を変えながら外を見た。
目に入った景色からは、空っ風で舞い上がった土埃と、色合いの薄い建物が道を挟んで横並びになっている様子しか分からなかった。
きっと今いるこの部屋も、その並んでいる部屋の一つなのだろう。
部屋に閉じ込められたまま、何日か経ったが、誰も部屋の中には入ってこなかった。
時折り、部屋の前の道を誰かが通った。
足音が近くでする度、外の様子をうかがった。
だいたいが食事を配って回っている時に、部屋に近づいてくるだけで、その姿はむさくるしい風貌の男たちばかりがうろついていた。
そんな中で、見覚えのある男が目に映った。
昔、村にいた男で名前をラッカスといい、皆がラスと呼ぶのであたしもそう呼んでいた。
…ほとんどが、心の中でだけだったが。
それから何日か経ったある日、突如、村から助けが来た。
助けは独りだった。
村では乱暴者で知られるシュウ兄だった。
シュウ兄に連れられ、逃げ帰る道中でも死んだはずの彼のことが気になり何度も何度も振り返った。
最後の最後に追ってきたその彼の姿をみた時、あたしの思いが形となり報われたような気がした。


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 …つづきます

第一話からのお話はこちら ↓ 






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