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( >д<);'.・月詠み 日々 細胞分裂・∵.

- ネットの深海から 泡沫の言葉を放ちます -

俺の人生を超えて逝け

『短編妄想話』

 

今や先人の知恵や技術などは、お金さえ出せば簡単に手に入る時代になった。

お気に入りの音楽を聴くように、気になった本を書架から一冊抜き取るように。

国民は祖先が代々受け継いできた能力を引き継ぐ権利があり、この先の国の未来へと紡いでいく義務があるのだ。

もはや「伝統」という言葉はあれど、そこには重みなどない。

 

ー ー ー ー

 

「おぃ。もう一度聞くが、なんでこんな田舎の村に来た?」

私の質問に対して 、ぽつりぽつりと返答する若者は、先ほどの答えが確かならば24歳ということになる。この国まで飛行機、バスを乗り継いで3日かかったといい、さらにこの辺境の山奥の村までは1日かかったという。

村で唯一の食堂へ、閉店間際にふらりと誰かが入って来たと思ったら、見知らぬ影は席に着くなり酒をあおり始めた。

年寄りばかりの村ではいつものことだが、こんな深夜ともなると誰も店には居ない。店の構えはしているが、村人が好き勝手に出入りし、私は注文も受けずに適当にあるものを出している。来たものはその飯を食ったら長居せずに帰っていくのが決まりだ。

最後の客が帰ってからずいぶんと長い沈黙が続いていたが、そんな中で突然現れたこの若者。

こいつは酒に弱いらしく、一杯飲んだだけで目が虚ろになっている。

着ている服や持ちものからこの国の者ではないことはわかったが、異国の言葉に不自由しているようには感じられなかった。

長い夜になりそうだと思ったが、たまにはいいだろうと私は奥から好みの酒を持ち出して若者の国の話を聞くこととした。

話の合間合間に、虫の音が相槌をうってくれる、そんな優しい夜だった。

 

 

ー ー ー ー

 

 

私が生まれ住んでいる国では、すべての国民は死亡すると法に則って遺体を国へと捧げる決まりになっている。特別な処置を施された後に埋葬されるのだが、他の国ではこれが違憲とされているらしい。

一人の人間が死ぬとそれまで生きてきた人生経験が国に搾取される。

集まった数多の人生経験はコンピュータによって解析処理され、『ゆりかごから墓場まで』という国営施設で一括管理されている。

死んでいった者たちの人生経験はデータ化され、『ラーニング』という手術を専門病院で受けることで、そっくりそのまま亡き者の能力を我がモノとすることがかなうのだ。これにより、今を生きる国民へと還元され、その流れは循環し続けている。

このシステムは物心がつく前に始まっていて、大概の人間は思春期を迎える頃にはどこに出してもおかしくない知識と教養を得ている。

成人を迎えるとそこから個人の望む能力を選択する権利が与えられるのだが、天文学的な『データ』の組み合わせの中から、望む生き方を探るのは容易ではない。

先の未来を照らし出してくれるであろう『データ』を選び、自分の脳にインストールし、蓄積させていく。

この手術は一時間ほどで終わり、術後のチェックが終わればすぐに退院となるり、早速、施された能力を扱える。

昔の話では、死者は「戒名」といって遺族がお金を出し、生前の名前とは違った名を得る宗教があったらしいが、今はどれほどお金を積んでも死語の名が華々しくなることはない。

遺族は国から送られてきた書面に並ぶ、死者の人生経験の『データ』を辿ることで、亡き者への思いを馳せるのだ。

私の人生とは『データ』であり、共有されることを前提として日々を送っている。

死んだら皆と同じようにコンピュータに脳内解析をしてもらい、目ぼしいモノが遺れば国家資産として還す。それが使命だ。

 

 

 

ー ー ー ー

 

 

若者が外に出たいと言ったので、私はふらつく若者の脇を抱えて店の表へと出た。

「私が選んだ能力はこの国の少数民族の言葉でした。『忘れたくない言葉』という能力名に添えてあった、解説文の一言に惹かれたのです」

そう口に出すと若者は空を見上げ、さらに続けた。

「この星には今現在、何百という数の言語があります。それが、あと100年もすればほとんどが消えてしまうと言われています…ですが、私のようにして能力を引き継げば消え去りそうな言語文化もこんなに簡単に蘇るのです。伝統…文化、歴史って何なんでしょうね…」

夜空には小さな光が敷き詰められたようにして眼前に広がっている。その光の海を跳ねるようにして、あらゆる角度から星屑が流れ落ちる。

隣の若者の目にも光るものが見て取れた。

「…別に君の国が特別なわけではない。こんな小さな村でも代々受け継がれるものはある。もし、君が『伝統』という言葉はあれども、そこに重みはないなどという虚しさをまた感じることがあれば、またここにきて夜空を見上げればいい」

隣から小さな笑い声が聞こえた。

若者はそのまま地面に仰向けになると、しばらく星を眺め、やがて静かに寝息を立て始めた。

私は店の奥へ戻り、敷物と毛布を手に取ると、若者をその上に寝かせた。

 

 

ー ー ー ー

 

目が覚めると太陽は真上に昇っていた。

若者の姿はなく、丁寧に畳まれた寝具の間に一枚の手紙が残されていた。

挨拶もなしに去ることになり申し訳ないという詫びの言葉に続き、昨晩の答えがそこには残されていた。

 

「…解説文には、こう書かれていました。

『もしも君がナニモノにも成れるという自由を感じて悩み苦しんだ時、この能力を手にすればいい。世界で一番星空が綺麗だと言われる山頂に住む民族の言葉だ』

 気付けばここに向かっていました。私はもう、何もかもが手に入ると錯覚していたのかもしれません。ですが、それは間違いでした。

まだまだ、例えばこの空に広がっている星々のように知らないことばかりで世の中は出来ている。これから先、私が何か新しいものを後世に残せるかどうかはわかりません。

ですが、昨晩のあなたとの出会いの中で私が救われたように、誰かの悩みや苦しみを少しでも和らげたり寄り添えることが出来るような人間になりたいと思いました。これからを大切に生きていこうと思います。ありがとうございました」

 

 

 

 

手をつなごう

手をつなごう

 

 

…という、妄想話でした。

 

 

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in the near future...

『ラーニング』手術を受けた後、わたしのモノではない、日常の何気ない記憶までもが頭の中に流れ込んできた…。

死者から切り取った「人生経験」の解析処理にエラーでも生じていたのだろうか…。

 

 …でも、それはまた、別のお話し…。