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( >д<);'.・月詠み 日々 細胞分裂・∵.

- ネットの深海から 泡沫の言葉を放ちます -

あの俳優の、人には言えない趣味

『短編妄想話』

芸名は「物部 大河」現在30歳。
特撮ヒーローのオーディションで受かり、18歳で俳優としてデビューした。
3年前から、活動の場を国内ドラマからアジア映画の世界へと移しはじめ、来年からは英語圏での映画撮影が始まる。

年々多忙になっているとは自覚しているが、そこは幼い頃からの趣味がいい息抜きになっているからではないだろうか。
ストレスで体調を崩したりナーバスになったりすることもなく、俳優としての歩みを着実に進められているのではないか、と思う。


 ー ー ー ー

 

今のようなオフの時期は一歩も外に出ない。
次の役柄に合わせて、集めた本や資料を読み漁ることもあるけれど、それはだいたい後回しになってしまう。
インスタント食品と冷凍食品、アルコールを大量にネット注文で買い込んだら、お気に入りのアトリエ部屋にこもる。
目の前に広がる本棚とその横にある薬棚。
その横で存在感を醸し出す、大きな作業机。
長年の愛用によって、傷や擦れが彼処に見られるが、たまらなくこれがいいのだ。
本棚に新しく買った趣味の本を並べ、それから椅子に座る。

深く息をして、目を閉じる。
しばらくそのまま時間が過ぎるのを楽しむ。
そこから、薬棚の木箱を思いのままに引き出す。
中にはさまざまな素材が入っている。
石粉、塗料、なめし革、木炭、ビーズ、小さなビスにバネ、アルミ線に粘土。
規則正しく並んだ木箱を引き出しながら、その組み合わせをああでもない、こうでもない、こっちかな…と引いたり戻したりを繰り返していると、自然と今日つくってみたいと思う組み合わせが頭に浮かんでくる。

 

 ー ー ー ー


長身でがっちりした体形、時間があれば車で海や山に出かけてはアウトドアを楽しんでいる。
そんな役柄のイメージが崩れるので決して公にはできないのだが、私の趣味は創作で、特にジオラマ作りにはまっている。
もともとは父親の趣味がプラモデルつくりで、小さい頃からそれに付き合ってきたことが発端だと思う。
父親が買ってくれたキットを組み立てることを繰り返していたが、ある時、素材の状態から作り上げてみたいと思った。
針金にパテを押し当てて人型のオリジナル作品に挑戦した。
はじめは上手に作ることができずに不格好だったものが、デザインナイフを器用に扱えるようになってくると、自然とスケールの細かいものが作れるようになっていった。
目に見える世界を自分の手の届く範囲内に収めたい。そう思って本格的にジオラマづくりを始めたころには友達がいなくなっていた。
部屋で1人、延々とプラモデルを作る息子の姿をみた母が、私のことを心配したらしい。
父親と相談して、近くにあった俳優学校に通わせることにした。
私は泣きながら嫌だと告げたが、父親がワンレッスンごとにスタンプを押して、それが3個集まるごとに好きなものを買ってやるという言葉に負けて通いだした。
結局のところ、その頃からの生活スタイルの延長が今も続いているようなものだ。


 ー ー ー ー


「今、とても幸せだ」

そう思う瞬間がある。
昨夜、急に目が覚めて、頭に残ったイメージを失わないようにとアトリエに静かに向かう。もくもくと作成に没頭し、そのまま朝を迎え、眩むような朝日の中で作品を完成させた、まさに今、この瞬間だ。

コーヒーを入れる。
卵を焼いてパンに乗せ、チーズとトマトケチャップをトッピングして、オーブンで軽く焼く。
目の前に世界がある。
私から生まれた、私の為だけのこの世界。
それだけで、もう何もいらない。
ちょっと世界に浸る。
達成感と誰に悟られたわけでもない不思議な恥ずかしさが相まってきた。
湯を沸かしなおして、コーヒーをお代わりすることにした。

 

 

 

 ー ー ー ー

  

…という、妄想話でした。