月詠み 日々 細胞分裂

- 泡沫の妄想を放ちます -

ありとあらゆるぶぶんが緩む

あぁ、この人は本気で怒ってるんだなぁとは思った。
耳をつんざくような大きな声で、中年の女性が怒っている。
でも、なんでこんなに怒ってるんだろうか、私の目の前で。
自分が悪いのだろうか。
その原因を覚えていない。
ぼんやりと遠くの方から、私を批難する声が聞こえる。
もごもごと返事をするが、どうやらその返事の返し方が気に障ったようで中年の女性は顔を真っ赤にしてしまった。
よく他人に仕事中にぼーっとしていると注意される。
そういう時、自分は何を考えていたのだろうかと思い返すが、これといって表現できるようなことを頭の中で巡らせていたことはない。
気付けば、思考停止したまま時間が経過している。
チラリと横目で時計を確認すると、アルバイトのシフトの時間が少し過ぎているのが分かった。

「失礼します」

一言告げてからロッカールームに引き上げる。
背後から商品がいくつか飛んできたが、構わずに進む。
途中で私と中年の女性を遠目に見ていた店長とすれ違ったので、

「辞めますね」

そう一言残してバイト先を去った。

 

 ー ー ー ー

 

これまでにも、同じ職場で長く仕事を続けてきたことはない。
それでも生活に困らない。
なぜか。
なぜなら私はこの国に守られている。
毎月通帳に一定の金額が入金され、不足しようものならすぐに追加で振り込まれる。 
この国には決まりで、乳幼児の時期に「特待遺伝子測定」という検査がある。
この遺伝子を持った人間は突出した能力を発揮し、大きな功績を遺す人物が多いことで知られている。

私はその遺伝子の持ち主だと診断された。
それからというもの、家族は特別な待遇をうけてきた。
私個人では小さい頃から、いわゆる英才教育というものを受けてきた。
少数民族の言葉も含め、世界にあふれる数多の言葉を話すことができるし、8歳で名門大学への在籍が適うなど、知能面からみれば確かに優れているのかもしれない。
ただ、その反面、人付き合いが苦手らしかった。
私としては他人と接することに苦手意識はないのだが、接する相手からすると異質で不快感を与えるそうだ。
その点を克服するためにも、社会に溶け込むという目的と合わせてアルバイトを始めてみるのだが、一週間持たずに辞めされられることが多いのであった。 
それがいつしか、今日のように自分から一方的に辞めるようになった。

「本格的に能力を発揮し始めれば、もしもあなたが社会的に変わり者だったとしても認めてもらえるでしょうから。その時までは我慢なさい」

母は私にそんな言葉を昔から投げかけてきた。
変わり者だろうが変質だろうが私は構わないのだが、一つ不安がある。
私に備わっているらしい特別な能力が開けずにいるということに焦りを感じる。
これまで、ありとあらゆる習い事に手を出してきたが、コピーは出来てもオリジナルなものがなかなか生み出せなかった。
一般的に見れば十分な成績を収めていたとしても、私にはそれ以上を求められる。
それが私の人生なのだ。



明日は明日の風が吹く

すれ違いざまに、電話をしていた男の言葉が耳に入った。
とある映画のヒロインが口にした台詞だ。
私はその映画を見たことがないのにどうして知っているのだろう。
いつから知っているのだろう。
誰から聞いたのだろう。

ふと、私が生きていることで回りまわって世の中に影響を与えるということを具体的に調べてみると面白そうだという考えが頭に思い浮かんだ。
すると、急に視界が開けたような気がして、体にはあたたかなものを感じた。
先ほど、電話をしていた男をなんとなく振り返ると不思議なことが起きた。
男の頭上に数字が浮かんでいて、それが徐々に減っていく。
周囲を見渡すと、同じように、命あるものすべてに数字が存在している。
その意味を瞬時に理解した私は良かれと判断し、電話を続けている男にあなたは今日までの寿命であることを迷わずに告げるとともに、自分の能力が開花した今日という日に心から感謝した。

 


 ー ー ー ー 

 

…という妄想話でした。

連休の朝から雨というのが、それほど嫌いではない。
家にずっといても嫁に咎められることもない。

…だが、このあと家を出ようと思う。
雨の中、傘をさして歩くことを無性にしたい時がたまにあるからだ。

(休日のみ)