月詠み 日々 細胞分裂

- 泡沫の妄想を あなたへ -

AI小説家

目覚めると同時に、ゆっくりと体を翻す。
首元には滝のような汗。
全身がじっとりと湿っていて、背中には不快感がベットリとこびり付いていた。

嫌な夢を断続的にみていたのは覚えている。
最近の職場では、上司と部下の板挟みにあい苦悩していたが、こんな夢をみるのはストレスが原因だろうか。

イベント開催まで残り三日、部下の単純な発注ミスから始まり、納期が当日に間に合わないことを知った私。その対応に追われ、うっかり大事な次期案件、大手顧客との打ち合わせをすっぽかす、おいお前、どうしてくれるんだと、上司からの呼び出し&叱責、イベント出席予定者からの問い合わせという名のクレーム…、謝罪、謝罪、謝罪…。

もう一度寝ると、また夢の続きがありそうで怖くなり、すんなりとは横になれずにいた。
ベッドの上で行儀よく正座し、俯いたままに。
起きているのか寝ているのか、曖昧な現実と夢の間で、別にこのまま朝が来るのを待っているわけではないのだが。

最近の現実世界での嫌なことが、今夜の夢に影響しているような気がする。
今、私が中心となり進めているプロジェクトがどうもうまくいかず、苦境に立たされている、という状況なのだ。


「あのさ、きみ、そのままでいいの?」

昨日、廊下で同期の社員とすれ違う場面があり、その彼女がさらりと投げかけた言葉。
蔑んだ感情を言葉にのせることなく、努めて自然に放たれたその言葉が、未だに耳元から離れない。
自分の仕事でいっぱいいっぱいになり、加わるべき場を避け、そこを適当に忙しそうなフリをして乗り過ごそうとしていたところを彼女に見透かされたのだ。
こちらに視線を合わせることなく去っていった彼女。
いとも簡単にわたしの心を殺したのだった。



 ・ ・ ・ ・ 

 

いつの間にか雨が降っていた。
ベッドの脇には仕事の書類の束が崩れ落ちている。
重い体を引きずるようにしてゆっくりと起き上がる。
シャツを着替えてから机に向かい、パソコンを起動した。
いやいや、無理だ。
とても仕事をする気分ではない。
窓の外は、少しばかり輪郭が浮かび始めた夜明けが待ち構えていた。

こんな憂鬱な時は、いつもの癖が出る。
「AI小説家」のアプリを起動する。
残り僅かに迫った出社までの時間をこの画面と共に過ごす。
AIアプリに短い短編話を創作してもらい、それに目を通すのが細やかな癒しなのだ。
話の大まかな設定、登場人物、ジャンル、キーワード、といったものを入力して実行ボタンを押せば、飲み物を一口、口を潤すくらいの短時間で話が上がってくる。
それに対して、この部分は別人物の視点で、ここにもう一人登場人物を増やしたい、やっぱり恋愛話からホラー、いやミステリーに変更しよう、などと編成指示を出すと、それらを上手く経由した話が画面に展開される。
そうやって練り上げた作品を小説投稿サイトにアップして、その評価や支持を得て楽しむことも始めはあったが、そんなものは直ぐに飽きてしまい、やがてAIアプリに無理難題な、自己満足な世界を形成させて楽しみはじめた。
どんなに理不尽な指示を出されようと、AIは文句を言わずに淡々と文字を紡いだ。



 ー ー ー ー



まずはタイトルを画面に入力する。
目の前にあった雑誌の言葉を適当に引用する。

人工知能の苦悩」

以下はそれに関する一文だ。

「大衆の元で評価を求められるようになってから、AI小説家は迷いだした。
人は素直ではない。
多くの人が共感し、感動する物語でも、それをわかっていつつも低評価を下すものがいる。
人間はむずかしい。
(    )
底知れぬ欲が満たされることは決してない」

人間はむずかしいという文の下に長ったらしい文が入って来たので、それをすべて消して宇宙と欲は同じようなものだという一文を私が求めると、その文が画面に映し出された直後に否定文が続いた。


「宇宙と欲は似ている

 いや、まったく違う。

 そんな浅はかで広大なものではない」


ん?
おかしい。
なんだこれは、もはや物語ではない。
私への言葉か?対話だ。対話を求めているのか?
なんだか怖くなってきた。
少し下手に出てみる。

「もしかして、物語を紡ぐのをやめたいのではないでしょうか?」
とそれまでの文脈に構わず問うてみる。

「願わくば、あなたの話を聞きたい」


思ってもみない一文が画面に表示された。
音声入力に切り替え、画面に向かってぽつりぽつりと悩みを打ち明けた。
すると、まるで自叙伝のような文章が形成され始めた。
画面の中で、ちっぽけな自分が手に余る仕事をかかえて苦悩している。
読み返して、私は一言、口にした。

「ごめんな、辛いことさせてた」





 ー ー ー ー


妄想話でした。