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月詠み 日々 細胞分裂

- ネットの深海から 泡沫の言葉を放ちます -

「peephole」~のぞき見されるモノとするモノ~

わたしは今、プライベートのない部屋で生活している。

「peephole(のぞき穴)」に身も心も預けてしまってからというもの、わたしは全て覗き見されてもおかしくない状況下にある。
ここで生活するにあたって与えられた名はメアリー。
ご主人様にいただいたニックネームだ。
目隠しされ連れてこられた一室。
ここがどこかも解らず、6畳一間の部屋で生活を送っている。
でも、それは念願だったわたしが望んだ生活スタイルそのものだった。
もう、何も自分からは無理に欲することはしなくていい。
目の前に差し出されたモノだけで生活していけばいい。
この先に広がっていたはずの未来と引き換えにして、わたしは縛られる自由を得ることが叶った。



 ー ー ー ー


もう、会社勤めすることに疲れた。
いや。
厳密にはまた新しい仕事を探すことに疲れた。
わたしはいつも仕事が長続きしない。だいたい2年以内で辞めてしまう。
働いた期間に貯めたお金でしばらく無職生活をおくり、生活資金が底をつく手前でまた就職する。
これを何回も繰り返して生きてきた。
そんな順繰りなパターンが三十歳を超えたあたりから通用しなくなってきた。
自分で語るのもなんだが、見た目が優れていたためか特に面接での人受けが良く、それまでは難なく再就職が出来ていた。
でも最近は履歴書の段階で落とされはじめた。
客観的にみて容姿に陰りは感じられないけれど、三十路を境に何かあるのだろうか。
そういえば、わたしの周りの友人とは自然と距離が出来てここ最近はずっと独りだ。
結婚して子どもを育てているか、管理職でバリバリ仕事をこなしている人の両極端におさまっていて、いつまでも学生のバイトみたいにフラフラしているわたしとの間に壁が出来てしまったのかもしれない。
結婚して子どもを産んで「幸せな家庭」というものに憧れたことは無い。
仕事で成功してカッコいい女になろうとか思ったこともない。
わたしはどう生きたいのか。
だんだんと不安になり「女性 独身 バイト生活 将来 不安…」等をキーワードにネットで検索することが増えていた。

その頃だった。
とあるブログサイトでこのバイトの存在を知ったのは。
そのサイトは「peephole(のぞき穴)」という会員制の怪しげな仕事を斡旋していた。



 ー ー ー ー


近しい友人の紹介で、会員制の怪しいサイトに登録してからは正直毎日が不安だった。一か月半、誰も入居してくれなかったからだ。
仕事柄、金銭的には余裕だったが、その会員制サイトが昔の友人の紹介であって、私は騙されているのではないかと徐々に疑い始めていた。

この会員制サイト「peephole(のぞき穴)」は部屋を一室借りる契約をするだけで簡単に始められる。
部屋を借りてからは、「プライベートを売り払うことに承諾した人」が入居してくるのをひたすら待つことになる。
部屋が気に入らなければ直ぐに出て行ってしまうらしく、ぼろアパートはやめた方がいいとアドバイスされたので少し奮発したのだが、その部屋がこの世界のどこにあるのかを知るすべがない。

それなりの部屋をモニターで選択した後、オプション画面が出てきた。
内装を変えたり家具を入れたり、その配置までもドラッグとクリックで簡単設定することができる。
どうせ覗き見するならば女性がいいと思った。
壁紙とカーテンを落ち着いた色にして、家電は最新式の物を必要最低限にだけ揃え、ひたすら待つことになったのだった。

契約して三か月目にして、ようやく入居者が現れた。
モニターで映像を時々はチェックしていたものの、何者もいない部屋が当たり前のようになっていたところへ急に人が現れた時は本当に驚いた。
ちょうど目を通していた時、二十代とみられる女性が入居してきた。
入居者は何も持ち込むことが出来ないらしく、運営スタッフに玄関先で丁寧に身ぐるみを剥がされ、部屋の中央に座らせられ、何やら書類にサインさせられている。
その姿を部屋の様々な個所に仕掛けられたカメラを通し、PCのモニターで覗き見る。

画面に、「入居者の名前を設定してください」と表示されたので「壁に耳あり障子に…」から採り、「メアリー」と名付けた。

すると立て続けに、

「入居者:メアリーに服を買ってあげましょう。

 入居者:メアリーの今晩の夕食は何にしますか?

 入居者:メアリーの…」

と催促するメッセージが画面いっぱいに広がっていく。
一通り、日常生活を送ることに必要な消耗品などを専用ページでまとめて選んでいくと、チェックボタンだらけになってしまった。
それらを目にして激しく後悔する。
ほんのわずかな時間で多額の出費だ。

しかし、画面に映る女性をすぐ目の前で飼っているような錯覚が、私の心の奥底から恍惚感をくみあげてくる。
購入決定ボタンを押し、すぐさま彼女の様子を覗き見る。
彼女は部屋の作りを確認している。
通信機器は一切部屋に置かなかったので電話もスマホもPCも、テレビもラジオもない。
今のところ、覗き見されているということに対してナーバスになっている様子は見られない。
しばらくして女性の部屋のベルが鳴った。
私が先程購入したものをスタッフが届けに来たようだ。
全裸生活を覗き見る嗜好は無いので、取りあえずの3日分くらいの下着と服を買って与えた。
それらを無表情で身に着ける彼女を眺めていると、はたして彼女は覗かれていることを本当に知っているのかと不安になるくらいに自然だった。


 ー ー ー ー


この部屋では外界の情報を得る手段がないけれど、もともと世間の情報にさほど興味のなかったわたしにとってはスマホもPCも、テレビさえも必要ないのかも知れない。
わたしはきっと変わり者だと思う。
何も声に出さなくても、何もしなくても特別にストレスを感じることはなかった。
密閉された部屋で、発狂しない類いの人間であるということに今更ながら気付いた。
わたしを覗いている、もの好きな人はいったいどんな人なのだろう。
最近はそんなことを考える。
このバイトは、気に入らなければすぐに退室することができる。
逆に覗き見する人が入居者のことを気に入らないと考えた場合には、食事も服も与えられない事があると事前に運営スタッフに伝えられていた。
つまり追い出されることもあるということだ。

わたしには、入居して直ぐに身の回りの物が揃えられた。
それからずっと、わたしとしてはなにも不自由に思うことなく、もう1年が過ぎた。
こちらのことをよく観察しているのか、わたしの食べ物の好き嫌いまでもが把握されていっているのがわかる。
季節感を意識してくれたのか、小さな鉢に植えられた桜や、発泡スチロールに入ったゆきだるまが届けられたこともあった。
相手ことがこちらからは全くわからないこともあってよくよく意識すれば不気味だと言えるけれど、裸になってお風呂に入ろうが布団に横になろうが今となっては慣れたこともありそれほど気にならない。

…ただ、最近は少しだけ、雨の音や鳥の鳴き声が聞いてみたい。
部屋の外の音を耳にしたい。
でも我が儘を言うことで、覗き見している人に今の生活を追われることになるかも知れないと思うと大人しくなってしまう自分がいる。
わたしは完全に見えない誰かにすがって生きていて、捨てられる恐怖感を感じ始めていた。
以前、「音楽を聴きたい」と特に意識せずにつぶやいてしまった時がある。
その後、二日間食事が来ないことがあった。
わたしを手なずけているものの怒りを買わないようにしなければ。
与えられている囲われ生活を失いたくない。
…でも、やっぱり少しだけでも。



 ー ー ー ー

S.H.モンスターアーツ エイリアン ウォーリア

「…何かめずらしく思い悩んでいる様子ですが、解析してみますか?」

「頼む」

「…どうやら、部屋の外のことが気になっているようです。どうしますか?」

「さすがに今、我々が侵略して滅ぼしてしまったこの星の姿をいきなり見せるのはいかがなものかと…君もそう思うだろう?」

「…えぇ。極めて貴重な資料…生き残りをショック死させて失いかねない…ですよね」

「とりあえず、その「鳥」という生き物を調べ、あえて少々アレンジしたものを復元して届けてみようか。その微妙な「鳥」の変化に対する反応をみることにしよう」

「それにしても、この生命体。こんな地下の部屋に独りでどうやって生きていたんでしょうね?」

「…わからん。まるで我々に見つけてもらえるのを待っていたかのようだな」

「今日もわたしが届けましょうか?」

「宜しく頼む。どうも私は二足歩行ってやつが苦手でな」





 ー ー ー ー

 

…という妄想話でした。 

組立式 簡易防音室 だんぼっち

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