月詠み 日々 細胞分裂

- 泡沫の妄想を あなたへ -

規定打席に達さないホームラン王

 

「…どこで生き方を間違えたんだろう」

 

独房というせまく限られた部屋の中で、苦しみだけが自由にのたうち回ることができる。
日々の積み重ねの中で、数えきれない選択を繰り返して今日まで生きてきたはずだ。
それは決して「死刑執行を待つ人生」を願って「犯罪」というカードを引き抜いたわけではない。
悩み抜いた末に引いた「未来」という選択カードが、実は「JOKER」だった。
こんなことは口にするべきではないのだろう。
だから公の場で口にすることはなかったが、本当に紙一重の選択の差だったと思っている。
知らず知らずのうちに積み重なった心の奥底にあった嫉妬や恨みや卑屈な気持ちが、とっさの場面で急に表に顔を出してきたんじゃないか。
それはどんな人間でも持っているもので、どんな人間でも道徳心や常識、感情を抱かない、あらゆる人間性を取り外した着色のない人形のようなものにしてしまえば、誰でも人を殺める可能性はあるのだ。

私にはもう、「死」によって罪を償うという未来しか残されていない。


 ー ー ー ー


独房に入ってから、ときどきだが「夢」を見るようになった。
ふしぎなもので私はそれまで、夢というものをみたことがなかった。
色の無い夢を見るという人、常に他人目線で自分が映っているという夢を見るという人。夢と言っても人それぞれ、様々な見え方があるとは聞いていたが、実際に自分の身に起こると実におかしなものだと感じた。

その夢の中で、なぜか私はプロ野球選手になっている。
そして、いつもバッターボックスに立ってピッチャーと対峙している。
この夢はいつも前回の夢の続きからはじまる。 
相手投手の目を見つめると、心の声が聞こえてくる。
投げてくる球種に狙っているコース、今の心理状態が感覚として伝わってくる。
投げ急いだり、自分の間で投げられないという焦りを感じると少し同情してみたりもする。
なぜなら、私はその打席で必ず本塁打を打つからだ。
夢の中ではシーズンも中盤から始まった。
チームは早々と最下位に沈み、来季を見越した選手の起用方法が選択されている。
私はその頃に2軍から1軍へ昇格され、その第一打席から本塁打を打ち続けている。
そんな夢が、独房で消化試合のようにして終わりを待つ日々に、少しだけ色を添えてくれていた。 
夢の中での残り試合はまだ15試合はあった。
本塁打王になるまでの残り打席数を計算すれば十分に余裕がある。
これまでと同じように毎打席ホームランを打てばいいだけだ。
少なからず、それを心待ちにしている自分がいた。


 ー ー ー ー


夢を見始めてから、私の身に不可解なことが起き始めた。

「白昼夢」とはこのことだろうか。

少し先の未来が頭の中に浮かんでくるようになった。
ほぼ同じことを繰り返すという独房での日常に未来も過去もないのかもしれないが、100%コピーされた毎日を過ごしているわけではない。

「白昼夢」でみた映像は、遅くとも3日の間に起きた。

一般的にはいつ執行されるか解らない死刑ではあるが、私にとってはもう事前に予告されているようなものとなった。
そして、どうやら夢の中でのタイトル獲得は目前にして叶いそうにない。
私の命がそこまで残されていない未来がみえた時に、それが決まった。
そればかりか、次にみるだろう夢までもがみえてしまった。

私は相手投手に勝負してもらえなくなった。
執行される時期が一週間後だったとしても、仮に夢が書きかえられ減刑されて生延びたとしても、私はバッターボックスでただ立ち尽くすだけなのだ。
私はそんな夢を観たくなかった。

就寝時間になり看守が見廻りに来る中、とにかく寝てしまわぬようにと努めた。
だが、それから三日目の朝に目が覚めた。眠気に負けたのだ。
私は振り返っても記憶にないくらい久しぶりに泣いていた。
泣くという行為はこんなに息苦しくて喉が詰まるのだということを今更ながらに思い出した。

そして不意につぶやいた言葉が、私の殺めた人物の最後の言葉と同じだったことに気付き慄いた。

「…どうか、夢であってくれ」 

 

 


 ー ー ー ー


という妄想話でした。

 

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