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月詠み 日々 細胞分裂

- 泡沫の妄想を放ちます -

深夜の雨が奏でる記憶

以前からも、もしかしたら聞こえてきていたのかもしれない。
今までずっと意識しなかったそれが、今夜はなぜか気になっただけなのかもしれない。

天気予報はあたった。深夜からの雨に見送られ会社を出た。
終電に乗っていると、意外と人が乗っているものだと時々思うことがある。
そういう時は自分はその車両に居ないかのような、現実逃避でもしているのだろうかと不思議な気持ちになる。

あと6時間もすれば、この道をまた折り返して会社に向かっているだろうわたしがいる。家の近くのコンビニでサンドイッチを一つ、缶ビールを二缶買ってから部屋に入る。
キッチンまで突き進み、コンビニの袋と鞄をテーブルに置くと、そのまま動けずに突っ立ってしまった。

「キミは時々、考えているふりをしている」

帰宅直前、上司にそう言われた。
わたしもその通りだと思う。

「すみません」

それしか言えないわたし。
そんな言葉をかけていったい何を求めているのだろうかと、悲しい気持ちだけをたくさん持ち帰った。
今から出勤までの限られた時間で、何をすべきか。
さっさと寝なければならないのだけれど、疲れ切っているのかどうしたらいいのかわからない。
お風呂に入りたいけどゆっくりと浸かる時間がない、シャワーにしようか。いや、シャワーしかない。化粧は落とさないと。

その前にごはんは食べてしまおうと椅子に座り、サンドイッチを開封して口にほおばる。缶ビールを一缶開けて、半分ほど飲んで満足する。
いつもそうなのに、なぜか二缶買ってしまう。
冷蔵庫には買って飲まなかった缶ビールといくつかの調味料しかない。

少しだけ、すこしだけと思って目を閉じる。
眠気を感じるが、まだ寝てはいけない。
時計の秒針が動く音が聞こえる。
わたしの呼吸音まで聞こえる。
少し前まで静かに降っていた雨が、今は強くなっている。
その音だけが心地いい。

でも、これはなんだろうと。
それだけだったはずの音からメロディーが聞こえはじめる。
そのまま、目を閉じたままに意識する。
雨の雫が何かにあたってはじけている。
その音が不思議な音階になっている。

ゆっくりと深夜のベランダに出てみる。
暗くて上の階から下の方の様子はわからないが、この音の感じには覚えがある。
空き缶だ。

何メートルも上の屋根から落ちてくる雨の雫が空き缶に当たって音を出す。
「テンッ」「カンッ」と響く時があれば、「コ…」と鈍い音で終わるときもある。
子どものころ、いくつかの拾った空き缶で雨の日を遊んだ。
屋根から落ちてくる雫の落下地点に空き缶を並べた。
拾った空き缶は潰れているものが多く、歪な形のものばかりだった。
そんな缶が雫にはじかれて出す音を耳にするのがわたしは好きだった。
何時間もその場にいても飽きなかった。
それなのに、そんなことをしていたということを久しぶりに思い出した。

ベランダの柵から下を見下ろし、暗い地面を見据える。
小さいころのわたしがいる。
雨の中、傘もささずに屋根から落ちてくる雫を目で追っている。
しかめっ面をしながらも、顔には笑みが広がっていた。
あの頃、小さなわたしが見上げた先には、こんなわたしはいなかったはずなのに。

「ごめんね」

頬をつたる雫が雨粒と一緒にこぼれ落ちていく。
その先にいる小さなわたしに、

「実は空から降る雨は、世界の人々が流した涙なんだよ」

とでも伝えたらどんな顔をするのだろうか。
小さなわたしをいじめるのはやめにしようと、わたしは部屋に戻った。




 ー ー ー ー



 …という、妄想話でした。