月詠み 日々 細胞分裂

- 泡沫の妄想を あなたへ -

「真相は穴の中」

 

「なんでもない日、おめでとう」
村長に呼び出され、そう伝えられた。
私は今日、また一つ年を重ねたことになる。
四年前、自分が取り上げた羊から頭数を増やし、そして、その内の一頭を自分の手で捌くことが出来たからだ。
十歳という年齢はまだまだ未熟者なので誇らしげに振る舞うことは出来ないが、周りの人の目をみれば、私はなかなか筋がいいようにみられているのを感じる。
なにより憧れの村長に褒められたこともあり、少し浮かれてしまっていた。
私は用件は済んだという場の雰囲気に逆らい、この村の外の世界の話をせがんだ。
こういう時くらいにしか、今はもう村長と会話をする機会などないのだ。

 

村長の話によると、こういう形で歳を重ねることは世界ではめずらしいという。
私たちの民族は見た目や年月で歳を重ねることはない。
何を成し遂げたかで歳を得る。
歳は行いによってはいっぺんに十の歳を得ることもあり、それらは村長がこれまでの民族のしきたりに習って判断して告げる。
この村人は産まれた時に一歳であり、良き行いを重ね、だいたい百歳にもなれば村長になれる。歳が上の者ほど村の中心人物として崇められる。
よって、村長は一番の年長者である。
この習わしは、何百年も昔から変わらない。
そしてまた、これもめずらしいという話だが、犯した過ちにより歳が減ることもある。
たとえば、同一民族の争いやケンカで怪我を負わせたり傷つけたりした時には、村長を筆頭に、歳の上のものから順に五人が集い、減歳会議を開く。
減歳対象には他にも盗みや悪意のあるウソ、村の行事への不参加など色々とあり、大まかにとれば他人に迷惑をかけたり和を乱す要因となることが当てはまってくる。
減歳の結果、もしも歳が零歳にまで減った時、処罰が与えられる。
村から通じる道の先に高い霊山がそびえ立っているのだが、その山頂にはぽっかりと大きな穴が空いているそうな。
処罰の執行はその底の見えない、大きな穴の中へ突き落とされるのだと聞いている。
私が生まれてからは一度だけあったらしいが、私は一歳だったために覚えていない。

 

 

日が霊山に隠れると、村の中へ冷たい空気が降りてきた。 
その日の晩、減歳会議が開かれた。
いつも突然のようにして開かれる。
集会場ではいくつもの松明が焚かれ、炎が闇夜を揺らしている。
それを目にする時はいつも胸が苦しくなり、明かりが消えてしまうまでは呼吸が浅くなる。

今日は私にとって、嬉しいことと悲しいことが同時に起きた日だった。
村長が加わらない減歳会議は、村の長い歴史の中でこれまで一度もなかったそうだ。
村はこれまでにない静けさだった。
私は村長が犯した罪が何なのかが気になって、その晩はなかなか寝付けずにいた。
不意に家の窓から外をうかがうと集会場の火が消えていた。
親や兄弟を起こさないようにそっと家の外へ出ると、集会場に近寄った。
炭と油の匂いが立ち込める暗闇の中に、集会場はあった。
中を覗き込むと、村長が一人佇んでいた。
私は柱の陰からしばらくそのまま見つめていたが、村長が静かに話しかけてきた。

 

「これから山に登ろうと思うんだ。…途中まででも、ついてくるか?」

 

表情までは見て取れなかったが、急に目の前にいる村長が昔一緒に遊んでもらった頃の兄さんに戻ったようで驚いた。
村の子どもたちは家の手伝いの後、日暮れまでの短い時間を自由に遊ぶことが許されていた。徐々に子どもが集まっていく過程で遊びの内容も変わり、いつも最後は二手に分かれ、村の囲いに沿ってぐるぐると競い合って走って周った。そして散りじりに去っていくのであった。
私はその遊びの中心にいたあの頃の村長が好きだった。
当時は村長ではなく、皆からはシュウ兄と呼ばれていた。
シュウ兄は誰よりも走るのが得意で、喧嘩っ早くて強くて、でも誰にも笑顔で接してくれる。
そして、その時は理由がわからなかったが、一緒に遊ぶ子供たちの中で「与えられた歳」は誰よりも年下だった。
私からみると、そんな「一番」が多い人だった。

 

五年前、長年小競り合いが絶えなかった異民族と大きな問題が起きた。
村の娘が行方不明になる事件が相次いでいた中、その異民族が連れ去っていたことをシュウ兄は掴み、村人がどうするかを相談している最中、一人でその異民族の在処に乗り込んで娘たちを連れ戻したのだ。
その時から、シュウ兄は「村長」へと変わってしまった。
物事はその当時ではわからないということが多々ある。
人伝いに聞くのに、私は歳が足りなかった為か時間がかかった。
シュウ兄は物静かな人になった。
時折り、祭りや宴の席ではかつての明るさを見せる時もあったが、「村長」は選んで独りになることが極端に増えた。

 

「あの時、人を殺したんだ」

村長は静かに語り出した。

 

 

 

 

ー ー ー ー 

 

 

…つづきます