月詠み 日々 細胞分裂

- 泡沫の妄想を放ちます -

一肌脱ぎましょうか?~人肌恋しいあなたに捧ぐ~

交流アプリサイト『観るだけならタダ』に書き込んだとおり、予告した時刻に駅前で待つ。プロフィールに顔を載せているので、私を探している者はスグに気付くはずだ。
駅前の電光掲示板で今日の気温を確認する。

「天気:晴れ 最低気温1℃」

今季一番の冷え込み様。
絶好の仕事日和だ。

 

 ー ー ー ー

「すみません…あの…『秀吉ご苦労』さんですよね?」
不安げな声で私に近づいてくる一人の女性が目の前に現れた。
そう、私のID名は「秀吉ご苦労」だ。
早速仕事がやってきた。
声の主の見た目は20代OLだ。
厚着をして、ニット帽にマフラーで防寒装備に抜かりはない。
だが、そんな身なりをしながらも震えあがっている。

 「あの、わたし…すごい冷え症で。もうずっと悩んでいて…。

 その、噂で聞いたんです。…あの…」
そこまで聞いて、ゆっくりと手のひらを向ける。

 「それ以上は結構ですよ…大丈夫ですよ。わかっていますから」

年頃の女性の口からこのようなことを言わせるのは私のポリシーに反する。

「設定料金は後払いですから。納得いかなければお支払い頂かなくても結構です」

初めてのお客さんにも、常連のお客さんにも同じようにこのセリフは告げる。
さて、仕事開始だ。

 

(デュベティカ) DUVETICA フーデット リバーシブル ダウンジャケット DIONISIO-ERRE/ディオニシオ エレ 【DIONISIO-ERRE】 ブラック×カモフラ(999) / 48 [並行輸入品]お気に入りのダウンは私の仕事着でもある。
ジッパー部はダブルジップになっている。
ダウンの下部に手をやると、下からみぞおち辺りまでジッパーを開口した。
中には何も来ていない。地肌が公衆の面前で露わになる。
視線の先にいた、足早に歩く中年の会社員の男が身震いした。
駅を行き交う人々の視線と真冬の冷たい風が、容赦なく私とOLを取り巻いている。

 「…どうぞ」

ダウンをめくりあげ、露わになった背中を突き出す。
私の仕事…それは私の身体を暖をとる為、他人に差し出すこと。
無職で困っている時、無職になった途端に離れていった彼女が以前私に言った言葉がこの今の仕事につながっている。

「〇君の身体、冷えた手を温めるのにとてもいいの。なんでか知らないけど、すぐ温まるのよね」

世の中、何がお金になるかなんてわからないものだ。
OLは恐る恐る私の背中に手を這わせる。
氷のように冷たく悴んだ手が、私の背中にぴったりと触れ合った。
背中に感じるその手ははじめは片手だけだったが、すぐに両手になった。

「…ほんとうだ…あたたかい…」

背後から、OLの和らいだ吐息を感じる。
当然だが、私は普通の人間だ。温かさも冷たさも感じる。

これが仕事でなければ私はドリーム(Dream) 叫びの壷 DR2928大声をあげて叫び抗うだろう。
だが、これが今の私の仕事なのだ。

私なりの流儀がある。

「どんなにその手が冷たくても、決して声を上げない」

 始めは様子見だった行き交う人たちの中には、私の背中に触れてみたいと後日接触を試みる者もいる。
OLは上気した顔を見せ、勤務先へ向かっていった。
その姿を見送りながら、軽く体を動かし体温を高める。次の接触に備えて。
OLが見えなくなるまで見送った後、ゆっくり振り返ってみると私の後ろに順番待ちの列が出来ていた。

かつて、太閤秀吉は織田信長の草履取りの時分、草鞋を懐で温めたという逸話がある。 
私は目先の利益だけに心を奪われ、誰これ構わず身体を売り物としてしまっている。
実態としては体温を一時的に奪われる以外には、私には何も損害はないはず。
それなのに、身体を開くたびに心のどこかに歪みを感じていくのはなぜなのだろうか。

 


 ー ー ー ー


という、妄想話でした。

冷たい海

冷たい海

 

嫁が私の背中に冷えた手を突っ込んで来ます。 

「信長様…」

「うむ。くるしゅうない。秀吉、ご苦労」

 

…冬場の夫婦の習わしです。