月詠み 日々 細胞分裂

- 泡沫の妄想を放ちます -

海をたゆたふ

人が「人とは異なる生物の遺伝子」を身体に取り入れて、新たに違う人種となること。それが神の意志に反する行為だと多くの者がいう。
小さな頃、人間は違う生き物の遺伝子を口にすることで生き永らえているのに、その消化された生物がはっきりと目に見える形で身体に現れないことが不思議で仕方がなかった。

大きくなったら、好きな生き物の鬣(たてがみ)や髭(ひげ)、角に鱗(うろこ)…それらを自分の身体に生えさせてみたいという夢をみていた。
結局のところ、その憧れの想いを失うことなく私は成長を重ね、その興味に寄り添い生きていくことを選択した。

 

研究に没頭する日々は、失敗と挫折の繰り返しだった。
答えなどないのではないかと、疑いながらも道なき道を進むことがあった。
苦しみの過程で、ふと振り返ってみれば横道にぶれて先ほど通った道に沿って歩いているだけだったりすることも何度もあった。
成果をあげられず、そこを指摘される度、逃げ出したくなった。
それでも、毎日研究室にこもり続けた。
やがて還暦を過ぎ、いよいよ私の命を賭しても結果が出そうにないと感じ始めた頃、それは訪れた。
世間は神の怒りに触れるなどと言い、私の研究を非難した。
でも科学者の私が今さら神など信じられるわけがなかった。
そんな私でも手の甲に生えた小さな甲殻を目にしたとき、何かの力を感じずにはいられず、思わず両手を合わせた。それが神の仕業だというのなら、私はついに神に許されたのではないかと解釈した。
成功に辿り着くまでの道のりは実に長かった。

しかし、ようやくたどり着いた先にあった成果に対して、やはり世界の答えは「否」だった。
浮かばれぬ想いはふわふわと宙に舞った。
私はその浮かんでいるものをどこかへ連れていく義務があった。

ふらふらと暗闇の中、歩みを進めた。
その視線の先に、海があった。
海は広く、そしてとても深いのであった。
波打ち際にクラゲが流れ着いていた。
不意に「海月(くらげ)」になりたいと思った。
私は、この禁じられた進化論を身体に宿し、世界から姿を消すことにした。
幼い頃に憧れた生物をはじめ、一通り自分の身体で試してみたが、完全に人の面影を残すことなく異生物へと移行することには不安は多少あった。

手元に残していた研究データのファイルを開く。
各々の生物の目次ともいうべき表紙に、小さな写真を添付している。
全て、私が子どもの頃に調べてメモを取った資料だ。
海月欄にはいくつもの種類のクラゲの絵が描かれ、その下に拙い字でこう書いてある。

『クラゲと人の違い。人の目線で比べると脳、心臓、骨、肺、手がない。

 クラゲにあって人にないモノは傘、触手、口腕、刺胞である。

 クラゲは食事の時に出す粘液で海中の汚れを絡めとってくれている。

 そして巡回することで深海に栄養を送り届ける。

 クラゲの自然死は徐々に小さくなって消えていく。

 多くのクラゲは一年未満の寿命。

 でも中には数時間で死んだりするものもいれば、

 若返りを繰り返す不老不死のベニクラゲもいる』


足元で動かないクラゲの一部をメスで切り取りピンセットで摘まむと溶解液に浸す。その後に培養液に移し、十分に攪拌(かくはん)させたものを注射器で吸い取った。

「ソース」はこれまでの人体実験では行われなかった分量だ。
注射でそのすべてを血管に流し込んだ。
程なくして、針を通した箇所が隆起したのを確認した。
私は海面へ仰向けに横たわった。
空には何も見えなかった。
やがて眼を開けても閉じても暗闇しか感じられなくなった。

私はその暗闇の奥へ、落ちていった。

 

 

ー ー ー ー

 

という、妄想話でした。

 

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in the near future...

 

海に潜って、稼業の海底掃除をしていた時のことだ。
大きなクラゲが私の傍を横切った。
無数に広がる触手を靡(なび)かせて、ゆっくりと深海へ降りて行った。
透明な体の中に、別の生き物の「脳」が浮かんでいたように見えたのはたぶん気のせいだ。

 

 

…でも、それはまた、別のお話し…。