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月詠み 日々 細胞分裂

- ネットの深海から 泡沫の言葉を放ちます -

「手向けの花」

「オークション史上、最高額で落札されたものを知ってる?」

と訊かれると難しいかもしれない。
ただ、それにヒントとして植物、または音響器具、スピーカーと付け加えていくとどうだろう。
音楽に詳しくない人でもオークションに関心のない人でも、それだったらと皆の口から出てくる。
一本の樹がまるごとスピーカーに変わる。
そんな不思議な樹の原木が先日、競合の末に400億円で落札された。
一部の富裕層や表世界に決して顔を見せないコレクターくらいにしか縁のないものだが、ある話がもちあがり、それが皆の関心を寄せた。
それは、どうも樹を手に入れた人物が名高い無国籍活動集団「alias」の一人だったのではないかという噂だった。



 ー ー ー ー


世界地図にも載らないような、小さな小さな島国があった。
最盛期でも人口は約一万人ほどだったが、そこには確かに日々の生活を送る島民が居た。
島民は漁業を生業としていて、他国との接触は限られたものだった。
そんな小さな島国は、内々で一つの問題を抱えていた。
海抜の低い国土は、海面の上昇によって年々削られていたのだった。
私が小さい頃からその流れはあって、海の近くに住む者たちから順に他国へ移っていった。
そんな中で、最も山側に位置するところにあった、私たちの家族が島の最後の住人となった。

とはいえ、島を離れる機会はもちろん何度もあった。
それでも残り続けたのには理由があった。
私たちの島には、他国から見ればとても珍しい特産物があった。
それは海辺に打ち上げられる流木だ。
その流木は現存する植生地が掴めないと言われており、植物研究者もプラントハンターも未踏の領域となっている。
この世界を巡る海中には海流というものがあって、その流れは気の遠くなるような長い年月をかけて循環している。
私たち島民は、その流れのなかに紛れ込んだ太古の樹が、海底の歪みの一つに位置するこの小さな島の沖で浮上し、海岸へと流れ着くものだと信じてきた。

長きにわたる深海の旅の果て、海面に姿を見せた太古の樹、白銀色の流木。
その流木は昔から島民の生活に根付いていた。
海から流れ着いた流木はどんなに小さな枝でも、清く神聖なものとして島民たちは崇めた。
流れ着く流木は、なぜかどこから切っても中が空洞になっていて、その穴に風を潜らせれば何とも不思議な音色を奏でるのだ。
そんな中でも、樹の原型を保ったまま海岸に打ち上げられることがまれにあった。
幹の中心部分を境目にして、天に向かって伸びた枝と土に埋まって生えた根の形がぴったり対称になるという、ぱっと見ではどちらが枝で根なのかが分かりにくい形状をしている。
そんな大そうな縁起物は島の宮に祀られるのだが、そのような流木は誰でも気軽に触れてよいものではなかった。
私の家系は先祖代々、その流木に手を入れることが許された剪定師の内の一つだった。
託された樹は、祭りで使われる楽器に生まれ変わる。
幹の真ん中につくる、顔一つ分ほどの大きさの穴。
そこが音の入口だ。
音が樹の中を伝い、剪定した枝の先端や無数に空けた穴から抜ける時、得も言われぬ音色を奏でる。
ただ、その加工技法は特別なもので、枝の払い方一つ、くり抜く小さな穴の場所一つで樹が奏でる音色には大きな差がついた。
私は幼い頃から常に師でもあった父についてまわり、その腕を磨いた。

「樹の内だけでなく外もだ。風の流れを感じろ。

 木目をしっかり見て、そこを伝う音の痕跡をたどれ。

 樹はありのままにその答えを体現している。

 それを読み取れば、自ずと樹は花を咲かせる」

花を咲かせる、とは上物の音色を響かせる音楽樹にあてられる言葉だった。
太鼓や笛、弦楽器の音を樹に通すまでもなく、少量の風が入り込むだけで上物の音楽樹は心地よい音色を奏でた。

厳しい修行の末に父からやっと認められ、手放しで剪定を任され始めた頃には二十代も後半だった。
そして、丁度その頃だった。
この伝統が流木ビジネスに変わったのは。
急速な海面の上昇により島の歴史が終わろうとしている、その最中に起きたもう一つの問題だった。
島を出た島民の誰かが掟を無視して、この不思議な流木の話を漏らしたのだ。
この島は大きな転機を迎えた。
金の匂いはすぐに人を引き寄せる。
祀られていた音楽樹は売買人も不確かなままに島の外へ持ち出され、それで飽き足らない金の亡者は島に流れ着く樹の秘密を暴こうと、島の木々を切り倒したり、海辺を掘り返したりと好き勝手に荒らしはじめた。
また、それまで流木に触れたことのない島民が、流れ着いた枝を運び出したり、加工して簡素な笛をつくっては売り始めた。
島は外部との衝突に留まらず、島民同士の争いにも発展してしまった。
私はそのなんだかよくわからない終末的なものから島を守ろうと、それだけの思いで最後まで居残ってしまったような気がする。
幸いなことに不思議な樹の秘密は解明されることはなかった。
島は海面の上昇によって、しずかに海の底へ沈んだ。
それと共に、あの音色は永遠に失われてしまった。
そのはずだった。


 ー ー ー ー


「約束の時間に、約束の場所で」

私は用意された船でひとり、故郷のあった海に向かった。
船に乗るのは島を離れて以来だから、もう六年ぶりになる。
甲板から海中を覗くと故郷の地がみえる。
家々は海の中に沈んでしまって姿を消しても、石積みの壁を目で追っていくと懐かしい風景に辿り着けた。
小さな頃に走り回った、あの路地の感覚が体に蘇ってくる。
護衛艦という名の水上警察でも見張っているかと思ったが、何もこの取引を見張るものを感じない。そこのあたりは上手に出し抜いているのだろうか。
大そうな額で落札された一本の樹は、海底から伸びる太い縄に縛られ、海面すれすれのところをぷかぷかと彷徨っていた。
久しぶりに海に潜った。
樹の末端部分を手にした剪定はさみで幾つか払うと、独特の金属音が鈍く海中に響いた。
はじめて剪定の手解きを受けた時の場面が蘇った。
あの時はいくつだったのだろう。
私が辿れる記憶の中で、もっとも奥底に残っているものは父の笑顔だ。
仕事中に笑顔をみせたのは、あの時が最初で最後だった。
結ばれていた縄を切りほどくと手に取り、再び船に戻った。
船上で樹を手繰り寄せる。
樹自体はその体躯に似合わず驚くような軽さなのだが、中に海水が入っているので一思いにはあげられない。ゆっくりと海水を抜きながら、丁寧に引き上げた。

見事な樹だった。
与えられた、限られた時間の中で、一心不乱に樹と向き合った。
島を離れた時、まさか、またこんな機会が訪れるとは思いもしなかった。
故郷を失い、代々受け継いできた使命を奪われ、そして自分を見失った。
今日のこれが本当の、最後の仕事。
私を育んでくれた、この海に眠る故郷に、そして私をつくってくれた全ての人たちに感謝を込めて。
枝を拭う度に、色々な思いがこみ上げてきたが目の前の仕事に意識を集中をする。
樹に花を咲かせよう。
手向けの花をここ、私たちの故郷に捧げよう。


 ー ー ー ー


指示された通りに、音楽樹は鎖につないで海底に沈めた。
樹は海底で一度屈むと、無数の泡を吐き出した。
用意周到とはよく言ったものだ。
拉致とはもっと不意に訪れるもので、こんなに予感がするものだとは思わなかった。
案外、見慣れた顔が傍にあるという勝手な想像だけは当たっていたが。

あの樹が落札されたニュースを目にした、その週の終わりに私は連れ去られた。
目隠しを外されるとそこには幼なじみの顔があった。
彼も島には最後の方まで残って抵抗していたのだが、宮に収められていた全ての樹が外部に持ち出されると、いつの間にか姿を消していた。
日に焼けたあの頃の精悍な顔つきは影を潜め、灰色掛かった血色の悪さが気になったが、面影は残っていた。
周りにも何人かの人影があったが薄暗くてよくわからない。

「ねぇ、あんた達って無国籍活動集団の何とかってヤツだろ?

 目的のためには子どもでも殺めるし、悪人の延命に手を貸したりもするっていうのは本当なのか?」

幼なじみと再会する思わぬ再開に驚きながらも、こんなにサバサバと他人行儀に語りかける自分に驚いた。
流木を狙ってくる密漁者や売買人達の相手を繰り返していた、あの日々が今でも染みついているのだろうか。

「人は誰でもそれなりの夢があって生きている。

 ここに集まる奴らは一人では抱えきれないような大きな夢を抱いてしまった。

 もしくは、夢がみられなくなってしまったような奴らだ。

 それを叶えるために、協力できるところは手を貸すという、そんな燻って曖昧な奴らの単純明白な関係性だけで、私たちは結ばれている」

「アンタなら、こんな奴らと手を組まなくても別の方法で辿り着けなかったのか?」

「これでも結構、探したんだ。君も随分と各地を転々としていた」

「あたしのことじゃないよ」

「…世の中には端から自分が知っていても、独りの力じゃどうしようもないことだってある。時には知らぬ顔で周り道をしなければならないこともある」

「そうかい?あたしには…」

離れて立っていた仲間の一人が距離を狭めてきたので会話はここで終わりとなった。
別れ際に一通の封筒を渡された。
入札された樹の剪定依頼と題され、その受け渡し日時が書かれていた。
私は剪定が終われば無事に帰されるとある。
言われた通り、目を通した後に封筒ごと焼却した。


 ー ー ー ー


暗い海の底、一本の音楽樹を探し当てる。
樹は約束通りに選定され、私の故郷の底に沈められていた。
海底に潜った仲間が鎖を外すと、月明かりの元、ゆっくりと樹は海面に顔を出した。
樹の空洞からは不思議な音を響かせながら水が抜けていく。
剪定師の彼女の顔を思い出す。
別れ際、彼女は言った。

「そうかい?あたしには解らないね。

 どうして自分で剪定できるはずなのに私に任せた?」

昔から、他人の言葉を引きずる癖がある。
小さな頃、彼女に言われたその言葉を思い出し苦笑する。

「君って、いつまで経っても半人前だね。

 まだまともに樹に触れさせてもらえないんだって?」

話した当の本人からすれば、それはなんでもない言葉の一つだったかもしれない。
まさかその一言が、誰かの人生を大きく変えてしまうほどの影響力があったなどとは思いもしまい。
あの頃からだった、遊び呆けていた私の気が変わったのは。
彼女に対する想いも。

彼女にもう一度、剪定する機会を工面したいと思ったのは私の強い思いだった。
色々と試行錯誤する中で迷いはあったが、結局は過去の、青い私の想いに応えることで計画を進めた。
剪定師の彼女の姿を、ずっとみていたかった。

「よし。戻せ」

世界には残るべきものがあると私は思う。
同時に、消えるべきものもあると私は考える。
かぽかぷと、音色の泡を吐きながら、音楽樹は海底に引き摺り落ちていった。
故郷には一つの言葉があった。
それは上出来な音楽樹にあてられた言葉。

「花が咲く」

本来ならば、今の季節は島中に色鮮やかな花が咲き誇っていたはずだ。
ならば、この音楽樹を故郷に手向けよう。
そして、これでようやく私は。
過去から。彼女から解き放たれた。





 ー ー ー ー


妄想話でした。 

The Day Will Come Again

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