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( >д<);'.・月詠み 日々 細胞分裂・∵.

- ネットの深海から 泡沫の言葉を放ちます -

白い空間『蟻』

『短編妄想話』

みすぼらしい。
ドアから少し顔を出し様子をうかがったのだが、そこに広がる世界を覗き込めばそんな言葉が頭に浮かんだ。
すぐ目の前にはボロボロの服を着た、背の低い女性の背中が見えた。
灰色がかり、枯草のよう垂れ下がった髪が後ろで4つ束ねられている。
異臭が立ち込める世界に戸惑いながらも一歩踏み出し、静かにドアを閉める。
すると、それまで霧がかっていた世界が徐々に晴れ、鮮明に見えてくる。
女性の前にも人が現れた。
いや、きっと始めからいたのだろう。
女性よりも少し背の高い男の背中が見えたかと思えば、その先にも誰かが立っていて、その更に前にもと、人の列はずっと続いている
後ろを振り返れば先ほど潜ったドアはなくなっていて、そのドアがあったはずの場所には表情をなくした老人がひとり、私のすぐ背後にくっついていた。
皆がやせ細り、骨ばっていて、覗いた肩や足は枯れ枝のように細い。
急に体が重くなり、何事かと自分の心配をすれば、私もボロボロの服を身にまとい、枝のような手足をしていた。
そして、この世界の状況が少しずつ頭に染み渡ってきたのだ。


 ー ー ー ー


私には就寝時、不思議なことが起きてしまう体質がある。
それは、現実世界で寝ると次の瞬間には真っ白な世界に誘われ、そこをさ迷わなければならないという厄介なものだ。
しばらく歩けばいくつものドアが現れだし、そのドアの先で時を過ごさなければならない。
ドアの先では、いつも現実世界とはかけ離れた異様な世界が待ち構えている。
身を投じれば、徐々に自分が置かれた立場や状況といったものがゆっくりと把握できてきて、私はその不思議な世界に染まっていく。
幼少期にはドアは現れず、ただ白い世界を眺めているだけだったのに、興味本位で徘徊し始めてからおかしくなってしまった。
だったら、ドアを開けなければいい。
いつも現実世界ではそう思うのだが、自然とドアノブに手が伸びるのだ。
まるで何かに突き動かされるような、そんな力がはたらいているのだ。

 

 ー ー ー ー


人が律儀に列をつくって待つ。
しかし、自ら望んでなのか、それとも否応のない力に従ってなのか。
何のために列をつくっているのかが、まだ把握できない。
でも、並び続けなければならないのが解る。
後ろを振り返れば、いつの間にやら老人の後ろにもずっと多くの人が並んでいる。
行列は少しずつ進んでいった。
一歩一歩、間をおいて、右足、左足、右足。
交互に足を出すのは前の人間がそうしているからだ。
律儀な蟻は足並みをそろえて、待望の餌を目指す。
前が動けば、それにつられて後ろも動く。
足を引きずる音が、この世界に響いた。

しかし、どれだけ時間が過ぎただろう。
空腹感が常にあり視界がぐるぐるするのだが、少しだけましになる時があって、その時だけは自意識を取り戻せた。
そんな中で、ふと、行列に曲がりが出来ていることに気付く。
それまでまっすぐだった列は大きな円を描き始め、円形に掘られた地面の中心に向かって行列は伸びていた。
その窪地の中心には壇上とその上に小さな箱のようなもの、そしてその両脇にふたりの人影が見えた。
壇上へはひとり、またひとりと順番に近寄り、小さな箱に手を伸ばしてから、その先にある穴へと向かって歩き、暗い闇へと姿を消していった。

行列の円が一周すると、下に見える壇上に向かって、高さにして20メートルほど下った。
階段を一歩一歩、手すりがないので微かな風でも揺り動かされ、落ちてしまいそうだった。
そんなフラフラな体で壇上の近くにまでたどり着き、自分の番を待つ。
周りの異臭と静けさは変わらないが、皆が中心部へと近づくにつれて心境に変化があるのが伝わってくる。
肩に力が入り、呼吸が浅くなる。
意識的に深呼吸をすれば、何もないはずの胃の中から何かがこみ上げてきそうになる。そして、ようやく私はこれから待ち構えている状況を飲み込んだのだった。

半円を描いた剣とも槍とも見えるような物を持って立っているふたりの影。近づくにつれて、その人影の姿が明らかになってきた。
首から上は獣の頭だが、そこから下は人と似た躰をしている。身にまとった重厚な鎧からは隆起した筋肉が覗いていて、対照的な青と赤の色をした躰が異彩を放っている。

私は今、試されようとしている。
壇上の箱は前面が空いていて、中には細長い紙が敷き詰めてある。
その紙を、両脇に立つふたりに何枚抜き取るのかをコールして、見事その枚数を引き当てたならば、その紙が手に入るという流れだ。
紙はこの世界で流通する紙幣で、100枚もあればこの先の将来は何の不自由もない生活が約束される。
成功すれば貧困から逃れられるが、失敗すれば穴の先へ連れていかれる。
その先から帰って来たものはいない。

帰ってきたものはいないのに。

「おらぁ、知ってる。この箱にはみっちり入って450枚収まるってことを!」

壇上から若い男の声が聞こえてきた。
それは明らかにメッセージ性のこもったものだとしか受け取れなかった。
男は450枚と告げた後に両手を使って、大事に紙幣を抜き取った。
それをひとりの獣の頭をしたものに手渡すと、もうひとりの獣の頭をしたものが木でつくられた小さな測りを取り出し、紙幣をゆっくりと挟んだ。
その測量を覗き込む男の目には目盛りが見えているのだろう。
一瞬、顔が緩んだと思ったのもつかの間に、視点の定まらない目で男は奥の穴の中へ連れていかれた。
抜き取られた紙が測りから箱へと戻され、次の者が壇上へ呼ばれた。


 ー ー ー ー


順番が近づいてきた。
私の目の前にいた女性も、それまでに上った者たちの想いを汲んで、壇上で声をあげた。

「…463枚」

薄々、壇上に近づいた誰もが感じ取っていると思う。
どう考えても、目の前の箱に収まりそうな枚数を越えた数字を、皆が引き継いでいっている。
誰かが正解しながらも、裏切ったのか。外れたふりをして黙って穴の中へ向かったのか、始めから当たりなどあってないようなものなのか、それとも、これは何なのだ。
穴の中へ吸い込まれていくのに、なぜ並ぶのだ。
目の前にいた女性が片腕で額を押さえながらその場へ座り込んだが、ゆっくりと穴へと引きずられていった。
私に獣の頭をしたものが前に進めと武器でもって合図する。

「この度の式典は帝からの恩義である」

見えない力に押さえつけられる。

頭がかってに下がるのだ。

「さぁ、宣言せよ」

穴の中へ降るくらいなら、このままの生活のほうがいいと、この世界で一日も明かした実態のないはずの私が後悔する。
紙幣の幅に整えられた装飾された綺麗な箱は正面が空いていて、そこからは紙幣が覗いている。
箱の上には取り出しやすいようにと設けられた溝が上にある。
その窪んだ真ん中にゆっくりと親指を添える。

464枚と、私も流れに沿って言わなければならないのか。
もしも、ここで捉えやすい一枚二枚を宣言して持ち帰るなどという行為をすれば、私はどうなるのだろうか。
闇の中にいった皆もそんなことを考えたのではないだろうか。
指先を見れば、赤褐色の点々が沢山目につく。
これまでに触れていった者たちの指の跡がたくさんこびりついている。

「さぁ!宣言するのだ!」

強く瞳をつぶって見上げた先、天空から覗き込む巨大な目と視線が合った。

「…いやです」

巨大な目が睨みをきかせた瞬間、私は壇上を飛び出した。
叫び声が聞こえた気がする。
もしかしたら、自分のものだったかもしれない。
上へ逃れる、たった一つの階段は枯れ木たちに塞がれている。
そこを避けるようにして横に逸れ、急な坂を駆け上る。
しかし、はじめの勢いだけだった。
さらさらとした砂はすぐに崩れ落ち、一向に上へと進めない。
すぐに息が切れる。
背後からゆっくりと迫る足音がする。
涙で霞んだそのさきに赤と青が浮かび上がる。

「みんなにげろ」

私の声に突き動かされる者は誰一人いない。
静けさの中、鋭利な刃物が私の肩を払ったのを感じた。


 ー ー ー ー


目が醒めた。
ゆっくりと肩に触れてみて、何事もないことを確認する。
上着を脱ぎ捨て、鏡で背中も確認する。
あっちの世界で気を失ったり命が尽きれば、強制的にこちらの世界に戻れるのだろうか。
そんな検証をしてみる気は更々ない。
汗だくの身体が冷えてきた。
温かいシャワーを浴びにいく。
円形の底にあった壇上を思い返す。
そこで叫んだ私の言葉。
誰にも届かなかった私の叫び。
それでも、抗ったことに対して後悔はない。

いつも通りに出社すると掲示板の前に人だかりがあった。
一枚の張り紙があった。
誰からも、何事も告げられることなく、私は部署を移動することとなった。





 ー ー ー ー



という、お話でした。

 

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